第186話
射的を終えた僕たちは、近くのベンチに腰かけて
しかし、10分待っても彼女は帰ってこない。
「イヴ、お手洗いを確認してきてくれる?」
「……」コク
遅いのは単に混んでいるからかもしれない。そう思ってイヴに見に行ってもらったものの、中にも外にも紅葉はいなかった。
「どうしたんだろうね」
「……?」
イヴと共に首を傾げていると、人混みの中でこちらを見た女の人が、こちらへと駆け寄ってくる。紅葉のお姉さんだ。
「
「お手洗いに行ったっきり戻ってこなくて」
「……あの子、スマホを家に忘れていったの」
お姉さんはそう言いながら、僕にスマホを手渡した。これが紅葉の手にないということは、はぐれている状況はまずいということになる。
「探しましょう」
「そうね」
「……」コク
こんなにも人が多いと、紅葉の場合は目印にしようにも身長のせいで屋台さえ見えないだろう。
公園から出たりはしていないと思うし、手分けして探せばきっと見つかるはずだ。
「お姉さんはこの辺りを探すことにするね」
「じゃあ、僕は東側を探します。イヴは西側をお願い」
「……」コク
役割を振り分け、すぐにそれぞれの方向へ走り出す。単に迷子なだけならいずれ見つかるだろう。しかし、最悪の状況を考えれば――――――――。
「紅葉! 居たら返事して!」
―――――――――猶予なんて無かった。
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「……ここどこなのよ」
瑛斗たちが探し始めたその頃、紅葉は公園の外れにある草むらの中を歩いていた。
前も後ろも右も左も、どこを見ても草しかないような場所。お手洗いを探し求めて人混みを無理に抜けてきたは言いものの、どうやら方向を間違えてしまったらしい。
「っ……早く行かないとまずいわね」
下腹部に感じる危機感に足を速めると、ようやく草だらけのエリアを抜けることが出来た。
しかし、ここはお祭りの音も聞こえてこず、月明かりも遮られた薄暗い空間。その中心には、古びた木造の倉庫のようなものが建っていた。
「じ、神社……?」
目を凝らしてみれば、壊れた鐘や外れかけのしめ縄があるのが分かる。紅葉はその瞬間、この辺りに使われなくなった神社があるという話を思い出した。
「単なる建物よ、怖がる必要ないわ……」
自分にそう言い聞かせて落ち着こうとするも、背後から聞こえた虫の声に思わず腰を抜かしてしまう。
「か、帰らないと……」
彼女がなんとか立ち上がって、来た道を引き返そうとしたその時だった。
手の甲に冷たさを感じて顔を上げると、鼻先や頬にもポタッと水の触れる感覚を覚える。雨だ。
「今日はずっと晴れのはずだったのに」
そんな呟きも暗闇に溶けて消え、残るのは少しずつ強くなっていく雨の音だけ。
この降り方ならにわか雨だろう。借り物の浴衣を濡らす訳にもいかず、紅葉は仕方なく廃墟となった神社へと駆け込んだ。
「た、祟られたりしないわよね? 少し雨宿りさせてもらうだけだもの」
中には当たり前のように明かりはなく、光が差し込んでくるような窓や隙間もない。
暗闇が苦手な紅葉は扉を開けっぱなしにしたまま、ちょうどいい高さと重さの箱に腰掛けた。
「倉庫になってるのかしら。外にもダンボールが置いてあったみたいだし」
それなら最近も人の出入りがあったということになる。つまり、人間が立ち入っても問題は無いのだ。
彼女はほっと胸を撫で下ろすと、ポーチの中からタオルを取り出して少し濡れた髪を拭く。
「そうよ、瑛斗に電話をすれば……って、あれ?」
スマホを忘れてきたことに気づいた紅葉は、少し血色が戻ってきた顔をまた青ざめさせた。
たとえ自分を探してくれていたとしても、ここは公園の外だ。神社があったと知っていたとしても、こっちにいると思うはずがない。
「……す、すぐに戻らないと」
こんな場所に一人でいるのが、どうしようもなく不安で仕方がなかった。
まだ道を覚えているうちに帰る方がいい。本能にそう告げられ、紅葉は決心すると同時に箱から立ち上がる。
しかし、そんな時に限って最悪の事態は起こってしまうものなのだ。
「っ……」
突然、風が強く吹き込んで来たかと思うと、押された扉が勢いよく閉じた。
そのせいか、ユラユラと揺れていた鐘が扉のすぐ向こう側に落ち、バキッと耳を刺すような音を立てて木の床にめり込む。
直後、その衝撃で外に積んであったダンボールが崩れて扉の前を塞いでしまった。
「そんな……?!」
慌てて扉を押し開けようとするも、右側の扉は床にめり込んだ鐘が、左側の扉はダンボールがストッパーの代わりになってしまって、どれだけ力を入れてもビクともしない。
「ど、どうすれば……」
この場所は一瞬にして、紅葉にとっての地獄へと変わった。何も見えない、助けも来ないという恐怖を感じ続ける地獄である。
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