第184話

「お兄ちゃん、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 友達と待ち合わせをしている奈々ななを見送り、僕も財布をカバンに入れて準備完了。それにしても、浴衣姿の妹はやっぱり可愛かったなぁ。

 そんなことを思っていると、ポケットの中のスマホが短く震えた。どうやら紅葉くれはの方も準備が終わったらしい。


『今から迎えに行く』


 その一文だけを送信し、最後にカバンの中身を確認してから家を出た。徒歩1分、紅葉の家のインターホンを鳴らし、出てくるまで暫しの待ち時間。


「お、お待たせ……」


 ガチャリと開いたドアの向こうから現れた彼女は、紅色の浴衣に身を包んでいた。普段はツインテールの髪を一つにまとめているからか、なんだか少しお姉さんっぽく見える。


「紅葉、似合ってる」

「っ……ありがと」


 照れているのか、浴衣の袖で口元を隠す彼女。夏は人を成長させるって本当なんだね。

 そう関心していると、玄関からもう一人の女の子が現れた。水色の浴衣を着たイヴだ。


「……」ペコ

「あ、イヴも来てたんだね」

「……」コク


 紅葉が言うには、ノエルが仕事でいないからと、紅葉のお姉さんに着付けを手伝ってもらったらしい。

 僕は浴衣なんて着たことないけれど、きっと一人でやるには大変なんだろうね。


「それじゃ、行こっか」

「ええ」

「……」コク


 後ろから「楽しんできてね〜!」と見送ってくれるお姉さんに手を振りながら、僕たちはお祭りの行われている公園へと向かったのだった。

 ==================================


 道中、下駄のせいで何度もつまずくイヴを支えつつ、何とかたどり着いた公園には人がごった返していた。

 鳴り響く太鼓の音と音楽がお祭り感を高めていて、やはりぼっちが染み付いた体には、少しばかり厳しいものがある。


「さ、騒がしいわね……」

「……」

「そっか、紅葉もイヴも人混みは得意じゃないもんね」


 この場にいる3人、偶然にも全員がぼっち経験者なのだ。故にお互いの気持ちが理解し合えるため、僕たちは自然と人の少ないエリアを目指して歩いていた。


「ここなら声も聞こえやすいね」

「そうね、とりあえず計画を立てましょうか」

「……」コク


 公園の中央から離れ、屋台がちらほらある程度の場所に来ると、3人はお互いを確認しながら話し始める。


「まず、食べ物か遊びかよね」

「僕はまだお腹空いてないかな」

「……」コクコク


 僕の言葉に同じだと頷いて見せるイヴ。紅葉も「私もよ」と言ったことで、序盤に回る候補は遊びだけに絞られた。


「金魚すくいかくじ引き辺りが無難よね」

「ここのお祭り、何があるのかも分からないもんね」

「……」コクコク


 ここに麗華れいかが居れば、色々と教えてくれたと思うけれど、彼女は今東北辺りに居るらしいからね。入れ替わりの件がまだ解決してないんだとか。


「じゃあ、とりあえず金魚すくいね」

「そうしようか」

「……」コク


 僕らは一番メジャーなものを選ぶと、3人固まって屋台のある場所まで移動し、少し並んでからおじちゃんに100円を渡してポイと器を受け取った。


「2人とも、勝負するわよ」

「勝負?」

「一番多くすくえた人の勝ちね」

「……♪」

「イヴも乗り気だからいいけど、勝ったら何かもらえるの?」


 その質問に「別に何も……」と眉を八の字にする紅葉。彼女が浴衣の袖をまくったのを見た僕は、「報酬はそれにしよう」と紅葉の腕を指差す。


「紅葉の二の腕をぷにぷにできる権利」

「はぁ?! そんなの許すわけ……」

「……」ジー

「ほら、イヴも賛成してるよ?」

「っ……分かったわよ! 勝てばいいのよ、勝てば」

「紅葉が勝ったら、勝利のダンス踊ってもらうね」

「ど、どっちも罰ゲームじゃない!」


 結局、動揺のせいか紅葉は2匹目をすくおうとしたところで破れてしまい、10匹ゲットのイヴに両二の腕をぷにぷにされることになった。


「い、イヴちゃん……」

「……♪」

「触り方がなんだか……んぅ……」

「……」カプッ

「いっ……な、なんで噛むの?!」


 涙目で痛がる紅葉にイヴは、『大福みたいだったから』というジェスチャーで必死に弁解したものの、その後めちゃくちゃ怒られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る