第183話

 姉の持ち帰った浴衣を着た紅葉くれはは、鏡の前で確認しながら満足気に頷いた。


「お姉ちゃん、ありがと!」

「ふふ、姉として当然のことをしたまでよ」


 代わりに可愛さを身につける手助けをすることになった……とは伝えていない。言ったところで遠慮させてしまうだけなのは分かっているし、言う理由もないからだ。


「くーちゃん、その浴衣で瑛斗えいとくんを落とすのよ!」

「うん!……って、だから違うんだってば!」

「その下にこれを着ていけば――――――」

「着るわけないでしょ?!」


 差し出される短い浴衣を跳ね除け、逃げるように部屋から出て行ってしまう紅葉。

 姉に向けられていた尊敬の眼差しは、たった3分しか続かなかったのであった。


「くーちゃん……応援してるからね!」

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 一方その頃、奈々ななも自室で浴衣を眺めていた。もちろん、明日の夏祭りのためだ。


「お兄ちゃんは先輩たちと行く予定。私も着いていきたかったけど、友達からの誘いを断るのはちょっとね……」


 兄と一緒に行けないのなら、疲れてまで浴衣を着る必要も無い。しかし、他のみんなが浴衣だったとすれば、私服が一人だけというのは浮いてしまう。


「どっちにするべきか……」


 もしかすると、偶然兄に会う可能性もある。人が多いお祭りの中、お互いを認識し合う奇跡に賭けるか、それとも楽に過ごせる方を選ぶかの二択だ。


『私は○○君が行くなら浴衣かなぁ』

『私もどっちでもいいって感じ』

『ウチはせっかくだし浴衣やな』


 確認を取ってみたものの、一人を除いて曖昧な返事だ。浴衣に一票入っているだけに、そちらを選んだ方が一人では無くなる安心感はある。

 かと言って、着付けでお兄ちゃんの手を煩わせるわけにも……。


「うーん」

「何を悩んでるの?」

「おわっ?! びっくりしたぁ……」


 突然耳元で声を掛けられ、その相手が兄だと分かると奈々はホッと胸を撫で下ろした。


「明日、私服と浴衣どっちにしようかなって」

「浴衣、嫌なの?」

「足も疲れるし、着るのも大変だし」

「僕が手伝うよ」

「それはちょっと……」


 瑛斗が「ごめん、お節介だよね」と言うと、奈々は慌てたように「そんなことない!」と首を横に振る。


「浴衣の下は下着つけないって言うから―――――」

「そっか、奈々も女の子だもんね」

「お兄ちゃんに見られると、興奮して出かけられなくなるよ!」

「あ、恥ずかしさじゃないんだ」


 とりあえず、「今ならいくらでも……」と服を脱ごうとする彼女をチョップで正気に戻らせ、瑛斗は「奈々はどっちでも可愛いと思うよ」と言い残して部屋を出た。


「……どっちでもが一番困るのに」


 一人残った奈々は、また初めと同じ状態に戻ってしまう。一番見て欲しい人からの『どっちでもいい』は、どう捉えていいのか分からないのだ。


「でも、やっぱり浴衣かな」


 こっち陣営は仲間が一人いることが確定している。それなら年に一度くらいは、日本の文化に身を包むのもありかもしれないと思った。


「よし、浴衣にしよう!」


 奈々はそう決めると、クローゼットへ私服を仕舞い、代わりにもう一着の浴衣を取り出してくる。


「うーん、どっちの浴衣にしようかな……」


 結局、その後1時間ほど悩んだ結果、兄に『どっちが好きか』という質問をして、選ばれた黄色の浴衣に決めたのだった。


「女の子は大変ですよ、まったく」

「僕、男に生まれてよかったなぁ」

「お兄ちゃん、化粧とか苦手そうだもんね」


 奈々が「でも、私はお兄ちゃんがお兄ちゃんで嬉しいよ?」と抱きつくと、瑛斗もそっと抱き締め返しながら微笑む。


「僕も奈々が妹で幸せだよ」

「えへへ♪ お兄ちゃん、今日一緒に寝……」

「それはダメ」

「なんで?!」


 そう言いつつ、結局は駄々を捏ねる奈々に瑛斗が折れたことで一緒に寝ることになった。

 妹に甘いのも、そろそろ何とかしないとといけないなと思う兄であった。

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