第181話

「お姉ちゃん、本当にこれがいいと思ってる?」

「思ってる思ってる♪ お姉ちゃんを信じなさい!」

「……うーん」


 夏祭り前日、紅葉くれはは姉が持ってきてくれた浴衣を着て、鏡の前に立っていた。

 彼女も乙女である以上、こういう部分にも少しはこだわりたい気持ちはあるのだが……。


「短すぎない?」

「それがいいのよ♪」


 丈がギリギリパンツが隠れるほどしかなく、幼児サイズではないかと疑うほど。

 しかし、肩幅の方はしっかりあるため、あえて短く作られているのだとわかった。


「さて問題です、お姉ちゃんはその浴衣で何人の男を虜にしたでしょうか」

「知りたくもないわよ!」

「正解はゼロ人でした〜♪ こんなこともあろうかと、くーちゃん用に作ってもらったからね」


 姉が「お姉ちゃんが3人落として2人振った浴衣はこっち」とドヤ顔で見せびらかしてくるのを、紅葉は気味悪そうに「シッシッ!」と手で跳ね退ける。


「私はこんなの着ないから!」

瑛斗えいとくん、落としたいんでしょ?」

「っ……わ、私は別に……」

「我が妹ながらわかりやすくて助かるわ」


 モジモジする妹の初心な様子にご満悦な姉は、「それならこっちにする?」とプリチュア柄の浴衣をヒラヒラとさせた。


「それは嫌よ! もう子供じゃないんだから……」

「でも、まだ着れそうね。小学生の時から変わってないのかしら」

「そんなわけないでしょ?! 変なこと言ってないで、普通のを持ってきて!」


 不満そうに地団駄を踏む彼女に、姉が「でも、くーちゃんの浴衣なんて無いわよ?」と言うと、紅葉はまるでセメントで固められたかのように動きを止めた。


「……確かに」

「使う機会が無かったから、そもそも買ってすらいないの。これが嫌なら、私服で行くしかないんじゃない?」

「でもお祭りは浴衣で行けってキャン〇ャンが……」


 明日に迫る祭りはの焦りからか、うるうると瞳を濡らす妹にさすがの姉も胸が痛んだ。

 出来ることなら自分のを貸してあげたいところだが、それにしては身長が違いすぎる。

 長すぎる浴衣で裾が汚れるというのは、衣類としても女の子としてもあまり宜しくなかった。


「仕方ない、お姉ちゃんが友達に借りてきてあげよう」

「……いいの?」

「くーちゃんのお姉ちゃんだよ? 妹のためなら心臓も捧げる覚悟はある」

「せめて腎臓までにして」

「それなら医学で何とかなるね」


 ぎゅっと抱きついてくる紅葉の頭を撫でながら、姉は頭の中に3人の友人を思い浮かべていた。

 期限は明日の夕方、妹が出かけるまでに借りてこなくてはならない。まず、今日のうちにでも頼れそうな人物は――――――――――――。

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「一生のお願い! 妹さんの浴衣を貸して!」

「いい加減諦めろって! あいつも明日使うんだ、貸せるわけないだろ」

裕二ゆうじの馬鹿野郎! 女泣かせ!」

「俺は康二こうじだ! いい加減覚えろ!」


 ……結局、家から追い出されてしまった。姉はメモ帳の2人目の名前にバツをつけると、深いため息をこぼす。

 これまで訪ねた2人とも、妹の身長が紅葉と同じくらいではあったが、明日使う予定があると断られてしまったのだ。


「次が最後の一人か……」


 彼女の広い交友関係でも、妹が居るor本人の身長が紅葉と同じでなければ、今回は頼ることが出来ない。

 姉は電車で数駅移動すると、頼みの綱である最後の一人の家へと向かった。


「ここだけは頼りたくなかったんだけどね……」


 家の前に到着した彼女は、「くーちゃんのため、くーちゃんのため」と腹を括り、思い切ってインターホンを鳴らす。


『……誰?』


 機械の向こう側から聞こえて来た声に、姉は背筋が伸びたような気がした。

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