第176話

 4人での夕食を終えた後、お姉さんの誘導により紅葉くれは奈々ななは一緒にお風呂に入ることになった。

 2人とも表情こそ渋々と言った感じだったものの、ごねることも無くすんなりとお風呂場へと向かっていく。

 その背中を見送りつつ、僕はお姉さんの用意してくれたアップルティーを口元へ運んだ。


「あ、美味しい」

「お姉さんの淹れ方が上手いからかな?」

「バレてますよ、インスタントって」

「……うわ、阪神また負けてる」

「話逸らしましたね」


 僕が「ティーバッグ回してたじゃないですか」と言ってもなお、「瑛斗えいとくんやらし〜♪」なんてふざけてくるお姉さん。


「何がやらしいんですか?」

「え? いやだって、Tバックって……」

「普通のティーバッグじゃないですか」

「……あれ、これ話通じてない感じかな?」


 その後、僕は『ティーバッグと下着のTバックを掛けた面白いギャグだよ』と説明されて、ようやく理解することが出来た。

 お姉さんは「説明させないでよね!」と背中をペちペちと叩いてきたけれど、急に下着の話をされピンと来る高校生の方がまずいと思うけどなぁ。


「瑛斗くんが笑ってくれなかったから、お姉さんヤケ酒しちゃうもんね」

「ほどほどにしといてくださいね。酔っ払いの介護とかしたことないですし」

「大丈夫大丈夫、私お酒強い女だから」

「そうは見えないですけど」


 嫌な予感ほどよく当たるというのは本当らしい。僕の予想通り、お姉さんは冷蔵庫から取ってきた缶に口をつけた数秒後には――――――――――。


「うへへぇ♪ 瑛斗きゅん、抱っこして〜」


 ――――――――――――別人になっていた。


「めちゃくちゃ弱いじゃないですか」

「甘えさせて欲しいぴょん♪」

「纏わりついてこないでください」

「酷いぴょん、お姉さん泣いちゃうぴょん……」


 酔っ払いを見たことも多くはないけれど、それでもお姉さんが重症な方だということは分かる。

 よく分からない語尾と泣き上戸、とても僕一人では手に負えそうもない。何とか紅葉たちが上がってくるまでは耐えよう。


「お姉さん、水持ってきますね」

「待つぴょん、離れたくないぴょん♪」

「彼氏さんにこんなところ見せられるんですか?」

「私は将来弟になる存在として、瑛斗くんにくっついてるぴょん」

「だから、勝手に話を進めないでください」


 腕を掴んでくるお姉さんを振り払おうとすると、彼女は「安心するぴょん♪」と言いながら口元を緩ませた。


「私の妹だから、くーちゃんも胸は大きくなる可能性はあるぴょん」

「別にそこを気にしてるわけじゃないですよ」

「ないよりある方がいいぴょん」

「それは否定しませんけど」

「なんなら私ので練習しておくぴょん?」


 そう言いながら、服を引っ張って胸元をチラッと見せてくるお姉さん。酔っぱらいってこんなに面倒臭いんだね。立派な反面教師だよ。


「ほら、揉むぴょん」

「やめてください」

「そんなこと言わずに〜♪」

「本当にそういうのは―――――――あっ」


 お姉さんに思いっきり引っ張られ、ソファーの上で押さえ込まれてしまったその時だった。

 僕は彼女の背後に見えた姿に固まる。そんな反応を見て不思議に思ったお姉さんも、振り返って思わず動きを止めた。


「……楽しそうね、2人とも」


 冷たい瞳の紅葉が、重なり合う僕たちをじっと見下ろす。前々から疑っていた浮気の現場を見つけた彼女のように、何かを悟ったような表情だった。


「紅葉、僕は何もしてないよ?」

「分かってるわよ。どう見ても瑛斗からじゃないのは明らか。それに―――――――――――」


 紅葉はそう言いながら、お姉さんが口をつけていた缶を手に取ると、それを僕に向かって見せてくる。


「お姉ちゃん、ふざけてるだけよね?」


 そこに書かれている文字に、僕はお姉さんの顔を見上げる。彼女は「バレちゃったか〜♪」とヘラヘラ笑いながら、ソファーからひょいと飛び降りた。


「ノンアルコール、酔った演技だったんですね」

「少しからかおうと思ったんだけど、まさかあそこまで拒絶されるとはね。お姉さんもさすがに傷ついちゃうよ」


 彼女は「大人の魅力、鍛えないとね〜♪」と言いながらリビングから出ていこうとするが、ドアを開けた瞬間にピタリと止まる。

 電気も着いていない暗い廊下で、髪の濡れたままの奈々がたたずんでいたのだ。


「お兄ちゃんをおもちゃにしたのはこの人ですね?」

「い、妹ちゃん……目が怖いよ……?」

「私のお兄ちゃんに手を出そうとした罰です!」

「待って、ちょ…………助けっ……」


 お姉さんが連行された後に聞こえたのは、トイレの扉が勢いよく閉められる音だけ。

 無音の密室の中で一体何が行われているのか、外にいる僕たちには知る由もなかった。

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