第175話

「すみません、奈々ななへのお土産まで買ってもらっちゃって」

「いいのいいの、瑛斗えいとくん頑張ってくれたわけだし!」


 そう言いながら笑うお姉さんの手には、しっかりと紅葉くれはのためのショートケーキも入っている。

 僕は約束通りりんごジュースとアップルパイを好きなだけ注文し、さらに近くのケーキ屋でもいくつか買ったのだ。もちろんお姉さんの奢りで。


「あの家のバイト代、他のとこの5倍は貰ってるからね」

「なんでそんなに高いんですか?」

紗枝さえちゃんのお父さんが私を気に入ったらしいよ? 亡くなったお母さんの若い頃にそっくりだとか何とか」

「もしかして、やけにお姉さんのことを嫌ってた理由って――――――――――」


 僕の言葉に彼女は「思い出しちゃうのかもしれないね」と優しく微笑んだ。


「まあ、私はバイト代さえもらえれば嫌われてでも行くけどね♪」

「当たり前のことなのに、お姉さんが悪者に見えるのが不思議ですね」

「女の子はお金がかかるものなのだよ! もちろんくーちゃんもね?」

「へぇ、ちょっと意外ですね」


 確かに学校外で会う度にオシャレな服を着ているとは思っていたけれど、紅葉にそんなことを気にしている素振りはなかったはず。

 影で頑張っているのかと思うと、少し微笑ましく思えるね。


「瑛斗くんはくーちゃんの初めての友達なんでしょ?」

「お互い1号同士ですね」

「これでも私はお姉ちゃんだからさ。こう見えてそれなりに心配はしてるわけですよ」


 お姉さんはそう言いながら僕より数歩早く歩いてこちらを振り返ると、凛々しい年上の風格のある表情で言った。


「くーちゃんのこと、これからもよろしくね」

「もちろんです」


 その返事に満足そうに頷いた彼女は、くるりと背中を向けて歩き出す。僕も早足で隣に並んだ。


「どうせならくーちゃんに色々教えてあげてくれてもいいんだけどね〜♪」

「色々ってなんですか?」

「初カレとか初キスとか、あと初エッ――――――」

「遠慮させてもらいます」

「あ、ちょ……照れなくてもいいのにぃ♪」


 その後、スタスタと先を歩く僕に引っ付いてきては、「ていうか、昨晩は何も起こらなかったの?」なんて聞いてくるお姉さんは、紅葉に頼んで物置に閉じ込めておいてもらった。


『出して! 昨日より居心地悪くなってるよ!』

「しばらくそこで反省してて。……ところで、お姉ちゃんは瑛斗に何を言ったの?」

「それは聞かない方がいいと思うよ」

「……そ。何となくわかったからいいわ」

「察しが良くて助かる」

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「お兄ちゃん、ごめんね? 鍵持ってたの忘れちゃってて」

「いいよ、紅葉に泊めてもらえたし」

「紅葉先輩に……お兄ちゃん変なことされてない?」

「ちょっと、それどういう意味よ!」


 奈々が家に帰ってきたということで、僕もようやく自宅へ戻ることになった。が、紅葉と奈々は顔を合わせて数秒で火花を散らし始める。

 まったく、奈々のブラコンは嬉しいけれどちょっと危なっかしいね。


「大丈夫、一緒にお風呂と布団に入っただけだよ」

「お風呂はともかく、布団ってどういうことですか!」

「……倫理観バグってるわね、この子」


 紅葉は「お風呂の方で怒りなさいよ」と呆れたように呟いてから、お姉さんから返してもらったサボテンくんを僕に渡して帰っていった。


「それじゃあ、家に入ろうか」

「うん! えっと、鍵は…………あれ?」

「どうかした?」


 僕がそう聞くと、奈々は「お、怒らないで聞いてね?」と念を押してから、鍵が入っていたであろうポケットを見せてきた。


「……海で忘れてきたかもしれない」


 彼女が見せたポケットには何も入っておらず、カナの家でもカバンを開けていないから、落とした可能性があるのは海の家しかないとのこと。

 学園長に電話で確認してみたところ、僕たちが帰った後に掃除をしに来た業者の人が、ベッドの上に落ちていた鍵を預かってくれているらしい。


「……ごめんなさい」

「仕方ないよ」


 鍵は明日、学園長が受け取って持ってきてくれることになったが、それまで家に入ることは出来ない。

 僕たちは仕方なく自宅の裏側に回ると、先程出てきたばかりの東條とうじょう家の玄関で土下座したのだった。


「「もう一晩だけ泊めてください」」

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