第174話

 お姉さんをリビングに待機させ、プリンちゃんと勉強を初めてから30分が経過した。

 彼女は僕が思っていたよりずっと真面目で、確認させてもらった成績だって悪くは無い。見た目から勘違いしていたけど、中身は普通の子だったのだ。


「解けたぞ」

「―――――――うん、合ってるね。すごいよ」

「言ったろ、勉強は自分でできるって」

「疑ってごめん。プリンは出来る子だったよ」


 僕が素直に頭を下げると、彼女は「まあ、お前の教え方も悪くなかった……と思う」と褒めてくれた。やっぱり悪い子じゃないね。


「ていうか、プリンって言うな」

「だってプリンみたいな頭になってるじゃん」

「こ、これは友達に勧められて……似合ってるか分からないから染め直せてないだけだ!」

「ギャルだからじゃなかったの?」

「ギャルじゃなくても髪は染めるだろ」

「確かに」


 言われてみれば、清楚な金髪の女の子もいる。ノエルだって金髪だけれど、元々はイヴと同じ銀髪だって言ってたもんね。

 イメージだけで決めつけてしまうのは、プリンちゃんに対して少し失礼だったかもしれない。


「ごめんね、えっと―――――」

紗枝さえ山吹やまぶき 紗枝さえだ」

「紗枝、決めつけてごめん」

「いいってことよ。先生もあの女子大生よりゆっくり教えてくれたしな」


 紗枝の言葉に僕が「そんなに早かったの?」と聞くと、彼女は「アタイが分かってないってのに、次々ページめくるんだぜ?」と呆れたようにため息をついた。


「お姉さん、緊張してたんだと思うよ。紗枝みたいな子を相手するのは初めてだったんじゃないかな」

「はぁ? 家庭教師やるならもっと余裕持てよな」

「でも、優しかったんじゃない?」

「……まあ、ちゃんと話は聞いてくれたけど」


 やっぱりそうだ。お姉さんは物事を適当にこなす人じゃない。それに世話焼きだから、いくら緊張して話すのが早くなっても、分からないと言われればちゃんとアフターケアもしてくれる。

 きっと、紗枝が悪い子じゃないと分かれば、お姉さんだって普通に家庭教師が出来るはずだよ。


「ところで、どうして夏休みなのに制服なの?」

「塾に行ってたんだ。私服選ぶより楽だろ?」

「なるほどね」


 てっきり学校に呼び出されたりしたのかとも考えたけれど、やっぱりすごく真面目な子だ。部屋だってちゃんと女の子っぽいし。


「先生って何年?」

「高校2年だよ」

「私は中3」

「へぇ、その割に大人びてるね」

「だろ? かっこいい高校生になりたいからな」

「志望校は決まってるの?」


 僕の質問に紗枝は少し照れくさそうに鼻の頭をかくと、呟くように「春愁しゅんしゅう学園高校」と答えた。そう、僕が通っている高校だ。


「わ、笑うなよ? アタイだってあそこでS級なんかになれるとは思ってねぇよ」

「それなら、どうして入りたいの?」

「……アタイのお父さん、社長なんだ。私はその一人娘で、兄弟もいないから私が会社を継がなきゃいけない」

「もしかして、いいランクで卒業すればいい人に嫁入りできるから―――――――――」

「違ぇよ! アタイは会社を継ぎたいんだ!」


 紗枝は「でも……」と俯くと、両手をぎゅっと握り締める。目元には微かに涙も滲んでいた。


「アタイに能力がなかったら、他のやつに社長の座を取られるんだ。それだけは絶対に許せない……」

「だからランクで証明したいんだね?」

「おう、一応政府公認のランクだからな。恋愛云々って言ってたけど、それ見せつければ黙らせられるだろうし」


 僕は彼女の言葉に何度も頷いた。本来、あの制度は『結婚適正』を調べるためのものだけれど、紗枝はそれを自分自身の価値証明に利用しようとしているのだ。

 春愁学園高校は普通に入試で入ればそこそこのレベルはあるし、いい企業への就職率だって高い。理由がどうであれ、目指して損は無いだろうね。


「先生はどこの高校なんだ? 春愁が無理そうなら、先生の後輩ってのもありだよな」

「えっと、僕はね――――――――」


 一瞬、春愁だと言おうかとも思ったが、僕はあえて別の高校の名前を言っておいた。

 だって、ランクを聞かれてF級だなん答えづらかったから。これから入りたいという子に対して、あまり夢のない話はしたくなかったし。


「先生、テスト前とかは教えに来てくれよ。RINEは教えとくからさ」

「別にいいけど、僕でいいの?」

「先生ならあの女子大生への愚痴も言えるだろ?」

「なるほど、賢いね」


 そういうわけで、僕はまた家庭教師をするかもしれないことになったのだった。

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