第171話

「あれ、瑛斗えいとくん。何してるの?」


 朝、眠そうな目を擦りながら起きてきたお姉さんが、キッチンにいる僕に向かってそう聞いてきた。


「朝ごはんを作ろうと思って」

「そんなことしなくていいよ〜?」

「泊めてもらったお礼ですから」


 その言葉を聞いて感心したように頷いたお姉さんは、こちらに近付いてくると僕の手元を覗き込んでくる。


「何作ってるの?」

「サンドイッチです」

「おお〜!」

「材料勝手に使っちゃいましたけど、その分は後で買ってきますね」

「そんなの気にしないで! それよりキュウリも挟んでいいかな?」

「いいですよ」


 そんなやり取りをしながら、一緒にサンドイッチを作っていく僕たち。

 お姉さんが手伝ってくれたおかげで、想定していた量よりも多めに作ることが出来た。


「さあ、食べよう!」

紅葉くれははまだ寝てると思いますけど」

「くーちゃんの分は置いておけばいいの〜♪」


 彼女はそう言うと、僕にキュウリとハムが挟まれたサンドイッチを持たせて、「あーん♪」と口を開けてみせる。


「ここ、歯医者じゃないですよね?」

「見たらわかるよね?! 食べさせて欲しいんだけど!」

「自分で食べてくださいよ」

「乙女心がわかってないねぇ?」


 チッチッと指を振ってみせるお姉さん。乙女心と言っても、彼女はもう大学生だ。それに紅葉によると彼氏さんもいるらしい。

 そんな人を妹のクラスメイトの立場で甘やかすわけにはいかないのだ。

 僕は手に持っていたサンドイッチを自分でかじると、見せつけるようによく噛んでから飲み込んだ。


「ああ、私のハムキュウリが……」

「もう僕が食べたので食べれませんね」


 これで諦めてくれる。そう確信したのも束の間、お姉さんは口元をニヤリとさせると、「ふふ、お姉さんの執着心を舐めちゃダメだよ〜?」と飛びついてきた。


「それを食べさせなさい〜!」

「お姉さん、僕の食べかけですよ?」

「そんなの関係ないよ〜♪」


 エサを前にした猛犬のように、イスに座る僕に乗っかって暴れるお姉さん。

 もう抵抗しきれないと諦めかけた瞬間、手に持っていたサンドイッチがスっと抜き取られる。


「もう、朝から騒がしいわね」


 振り返ってみると、起きてきたばかりらしい紅葉がハムサンド片手に呆れ顔で立っていた。

 彼女はそれを口に放り込むと、僕たちと向かい側の席に腰掛ける。


「紅葉、それ」

「取り合ってたんでしょう? 私が食べて解決してあげたのよ、感謝しなさい」

「いや、僕の食べかけだったのになぁ」

「…………へ?」


 彼女はしばらくお腹を押えたまま固まると、何を思ったのかたまごサンドを数口かじったものを、僕の口に押し付けてきた。


「紅葉、どうしたの?」

「いいから食べなさい! 私だけなんて不公平よ!」

「急かさなくても食べるよ」


 食べかけを取っちゃったから、代わりに自分のも半分くれるなんて、紅葉は結構律儀な性格なんだね。

 僕は彼女の手からサンドイッチを受け取ると、一口で食べてしまう。


「どうなのよ」

「どうって、普通に美味しいよ?」

「違う! 食べかけを食べさせられた感想よ!」

「えっと――――――シェアハピ?」

「……もう、少しは照れなさいよ」


 紅葉はブツブツと文句を言うと、ストンとイスに座り直して食事を再開した。


「ところで、これは誰が用意したの?」

「僕とお姉さんの2人だよ」

「初めての共同作業だったね〜?」

「……あっそ」


 素っ気なくそう呟いて、また両手で持ったたまごサンドをもぐもぐとする彼女。

 もしかして、朝から人が作ったサンドイッチを食べるのは、あんまりいい気分じゃないのかな?

 こんなこともあろうかと、実はこっそり紅葉が喜びそうなものも作っておいたのだ。


「紅葉、こっちも食べる?」


 僕は冷蔵庫から持ってきた『生クリームサンド〜イチゴジャム添え〜』を紅葉の前に差し出す。

 しかし、彼女は不満そうな目でこちらを見ると、ぷいっと顔を背けてイスから立ち上がった。


「私を太らせる気?」

「違うよ、喜ばせようと思ったの」

「朝からそんなの食べれないわよ」


 紅葉はハムサンドを手に取ると、そのまま扉を開けて出ていってしまう。スイーツで喜ばせる作戦は失敗だったらしい。


「じゃあ、これはどうすればいいんだろ」

「あの子の代わりに私が食べてあげるよ」


 お姉さんが慰めるようにそう言って生クリームサンドを取ろうとした。が、それと同時に勢いよく扉が開いて紅葉が飛び込んできた。


「あ、後で食べるから置いておきなさい!」


 彼女はそれだけ言うと、また部屋を飛び出していく。お姉さんは伸ばしていた手を引っ込めると、クスクスと可笑しそうに笑った。


「作っておいて正解だったみたいだね」

「そうですね」


 やっぱり甘いものは正義なんだね。

 改めてそう確信した、穏やかな朝の出来事だった。

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