第167話

紅葉くれはの好きな物って何?」

「そんなの聞いてどうするのよ」

「好きなものを見てれば、シャワー中も目を開けてられるでしょ?」

「……そんな上手くいくのかしら」


 紅葉はあまり乗り気ではなかったけれど、「いちごミルクが好きだわ」と答えてくれたので、体を拭いてから冷蔵庫にいちごミルクを取りに行った。

 お姉さんに見つかって意味深な微笑みを向けられたけれど、特に何も言われなかったし問題は無いのだろう。


「紅葉、これを見つめてて」

「わかったわ」

「出来たら飲んでいいよ」

「元々私のだけど」


 彼女は文句こそ零せど、しっかりといちごミルクを見つめてくれる。けれど、シャワーをかけ始めると、顔にはかかっていないのにやっぱり目を閉じてしまった。


「他の物で試してみようか」


 その後、キャラクターの画像やお菓子などで試してみたものの、どれも全て失敗に終わってしまった。


「この作戦じゃダメみたいだね」

「……そうね、ごめんなさい」

「ううん、紅葉が謝らなくていいよ」


 僕はそう言いながら紅葉の頭を撫でてあげる。彼女は少し気持ちよさそうに目を閉じたが、手を離すと残念そうにこちらを見つめてきた。


「どうすればいいんだろ」

「すぐには無理よ、ずっと苦手なんだもの」

「それでも何かしてあげたいよ」


 僕がそう言いながら、浴槽の縁に腰掛けた時だった。着いた手が偶然蛇口に当たり、シャワーが勢いよく紅葉にかかる。

 慌てて止めようとしたけれど、彼女の顔を見てやっぱりやめた。だって――――――――――。



「紅葉、目開けれてるよ」

「え? あ、本当ね……」

「すごいよ。何も見せなくても開けれるようになるなんて」

「いや、何もっていうか……瑛斗えいとを見てたのよ……」

「僕を? どうして?」


 僕がそう聞くと、紅葉は少し恥ずかしそうに俯きながら答える。


「私のために真剣に考えてくれてるんだなって……」

「紅葉は大事な友達1号だからね」

「ふふ、そうね。お互い1号同士だもの」


 クスクスと笑う彼女を見ていると、僕まで微笑んでしまった。彼女といるとやっぱり飽きないなぁ。


「でも、僕を見てないと目を閉じちゃうのは困るね」

「別にあなただからってわけじゃ……」

「そうだ、毎日一緒にお風呂に入ればいいんだよ」

「……は?」


 眉を八の字にする紅葉に、僕はグイッと詰め寄るとその手をぎゅっと握った。

 彼女は体をビクッとさせると、「うぅ……」と苦しそうな声を漏らしながら俯く。


「一緒なら転んでも助けられるし」

「む、無理よ。一緒なんて耐えられないわ」

「タオル巻いてれば平気だよ」

「……恥ずかしがる私の方がおかしいのかしら」


 紅葉はそう言いながら、タオルの結び目を引っ張ってより強く固定した。ずり落ちると困るもんね。


「僕だって恥ずかしいよ。人と一緒に入るなんて滅多にないし」

「恥ずかしい以外に何か思うところはないの?」

「言っても怒らない?」

「男子の考えることなんてたかが知れてるわ、言ってみなさい」


 本当は入ってきた時から思ってたけれど、本人が言えというのなら遠慮する必要も無いよね。

 僕はそう心の中で頷くと、頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。


「どこでタオル支えてるの? それがずっと気になってたんだよね」

「どういう意味よ」

「紅葉は胸で支えれないのに不思議だなって」

「……なるほど、そういうことね」


 紅葉は無表情で数回頷くと、突然笑顔になって僕の肩に手を置いてくる。なんだか不気味だ。

 その手に段々と力が込められてきて、僕はお約束通り怒られるのかと覚悟した。しかし。


「ふふ、怒ると思った?」


 彼女は可笑しそうに笑って肩から手を離す。そして、それをそのまま自分の胸に手を重ねると、短く息を吐きながらこちらに背を向けた。


「男の子はやっぱり胸がある方が好きなの?」

「別にそうでも無いよ」

「なら、どうして胸のことを言うのよ」


 どうしてと言われても、単純に自分の知らない不思議について知りたかっただけだからなぁ。


「紅葉、もしかして嫌だった?」

「……いい気がするわけないでしょ」

「そっか、ごめんね」


 思い返してみれば、あまりにもデリカシーが無さすぎたかも知れない。僕はそう後悔すると、お詫びにもならないと思いながらも紅葉の背中を優しく撫でてあげた。


「僕は紅葉くらいの大きさも好きだよ」

「……そう言うのもいやよ」

「じゃあ、普通?」

「慰めになってない」

「なんて言われれば嬉しいの?」


 僕が聞いてみると、紅葉は少し悩んだ後に顔だけを振り向かせせ答えてくれる。


「他にいいところがあるよ、とか」

「なるほど、紅葉のいいところかぁ」

「何よ、思いつかないって言いたいの?」

「違うよ。ほら、紅葉は軽いのがいいところだよ」

「……知ってる? 胸って意外と重いのよ?」


 ワントーン低くなった声色に、思わず気圧されてしまった。胸元が貧しいことを気にしている彼女に、重さ関係の話をするのは良くなかったらしい。


「じゃあ、僕よりも運動ができるところ」

「半分の生徒があなたより運動の数値が高いわよ」

「仕方ない。顔が可愛いところでいいや」

「投げやりに言わないでもらえる?!」


 紅葉は不満そうに唇を尖らせると、もう一度悩み始める僕に向かって「もういいわ、十分よ」と言った。そして「今度は私から質問してもいい?」と聞いてくる。


「いいよ」

「じゃあ、ちゃんと答えてちょうだいね。分からないなんてのは無しだから」


 その条件に頷いたのを確認すると、紅葉は僕の手を引いて浴槽の中へと入っていく。

 熱めのお湯に少しずつ体を慣らしながら、ようやく肩まで浸かることが出来た彼女は、持ち込んだ入浴剤ボールの袋を開けながら言った。


「異性を好きになる条件って何だと思う?」

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