第163話

「これで荷物は全部かな?」

「はい、ありがとうございます」


 迎えに来てくれた学園長の車に全員分の荷物を乗せ、僕はトランクが閉まっているのを確認した。

 紅葉くれはたちは何やら車の前で顔を見合わせているけれど、一体どうしたのだろう。


「乗らないの?」

「あ、いや……乗るわよ。でも……」


 乗り気じゃない様子を見て、僕はようやく思い出した。彼女たちはきっと、車酔いするのを恐れているのだ。

 行きであれだけの惨状を晒しておきながら、ほいほいと乗り込めるような図太い神経はしていないらしい。


「酔い止めは?」

「一応飲みましたけど……」

「酔わないお兄ちゃんには分からないだろうけど、やっぱり乗るだけで怖いよ」


 麗華れいか奈々ななが青い顔をしてそう言う。確かに僕にはその苦しみが分からないし、だからこそ大丈夫だなんて言葉をかけられないなぁ。


「カナは乗り物酔いしないんだっけ?」

「私は平気だよ。モーターバイクに乗ってきたくらいだし」

「まあ、そうだよね」


 ということは、平気なのは僕とカナだけ。人数が増えている分密度も高くなるだろうし、短時間毎にどこかで停めてもらうしかないのかな。

 そんな風に考えていると、運転席から顔を覗かせた学園長が「どうしたんだい?」と声をかけてきた。


「みんな乗り物酔いが怖いらしくて」

「うむ。そうなると思って、今回は別の車で来たんだよ。乗って見ればわかる」

「別の車?」


 行きと同じで真っ黒な車だからわからなかったけれど、よく見てみると確かに形が違う。

 中もさらに広くなっていて、後ろの座席はコの字型ではなく3人がけの2列になっていた。


「席はよく倒せるようになっているから、大人しくしていれば酔わないと思うよ」

「そこまで考えてくれていたんですね」

「いやいや、生徒のことを想うならこれくらいの出費は痛くないよ」

「この車、今回のためだけに買ったんですか?」

「他の車では席が足りなかったり、酔ったりしてしまうから仕方なかったんだよ」


 そう言って笑う学園長、もとい叔父さんを見て僕は思った。どうして我が家は普通なのに、叔父さんはこんなにもお金を持っているのだろうと。

 学園長なだけでそんなにお金は入るものなのだろうか。まさか、悪い人との付き合いがあったりしないよね?


「あ、これなら大丈夫そうね」

「眠っていればすぐに着きそうです」

「イヴは私の隣だよ?」

「……♪」


 みんな車の中を覗き込むと、安心したように席に座っていく。全員が乗り終えるとそろって座席を倒し、みんな目を閉じてくつろぎ始めた。


瑛斗えいと君は助手席に乗ってくれるかな?」

「分かりました」

「疲れているだろうから、みんな寝てしまうと思うよ。そうなれば、男2人の旅気分ってところかな」

「お兄ちゃんに変なこと吹き込んだら怒りますよ?」

「はは、奈々君が心配するようなことは何もないから安心してくれたまえ」


 僕が助手席に乗り込むと、学園長は笑いながらエンジンをかける。そして、さすが高級車と言わんばかりの静けさで走り始めた。

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「……みんな寝たかな」

「寝ましたね」


 高速道路に乗ってから10分ほどが経った頃、学園長はミラーで後ろを見ながらそう言った。


「瑛斗君、一学期を終えてみてどうだい?」

「仲良くしてくれる友達もいるので、前の学校より暮らしやすいですね」

「それは良かった。恋愛禁止の条件に困ることもないかい?」

「今のところは特にないですね。友達作り禁止だと困っていたかもしれませんけど」

「確かにそれは困るね。その場合、この車には他に誰も乗っていなかっただろうから」


 学園長は寝ている人のことを考えてか声を抑えて笑うと、「そう言えば、伝えることがあったんだ」と僕の前の物入れを開ける。


「そこに入ってる紙に書いてあるのは、君のランク測定結果についてだよ。君には恋愛無関心度が2000あったのだけど……」


 僕が中から紙を取り出して見てみると、かつてみた時とほとんど変わらない能力値が書いてあるグラフを見つけた。しかし――――――――。


「今はその数値が1800だ」


 そこだけが大きく減少していた。


「これはどういうことですか?」

「瑛斗君が以前よりも恋愛に関心を持ち始めているということだよ。それでも数値は100を優に超えているから実感はないだろうけどね」

「僕が恋愛に関心を?」


 言われた通り、どんなものか知りたいという気持ちはあっても、特定の誰かに対してそういう感情を向けたことは無い。

 けれど、あの機械で測った数値は嘘をつかない。夏休みに入る前の僕は確かに以前よりも恋愛をしたい気持ちが高まっているのだ。


「卒業するまでは禁止だ。それを忘れないでくれたまえ」

「……わかってます」


 僕は恋愛をしない。たとえ昔のように異性に興味を持つようになったとしても、絶対に恋愛なんてしない。だって―――――――――――。


「そんな資格ないですから、僕には」

「……そうかもしれないね」


 相変わらず静かに、車は道路の上を走っていた。

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