第161話

 たっぷり時間をかけて美味しくお肉を完食した僕たちは、元の場所にBBQセットを片付けてから砂浜へと戻った。

 帰りも学園長が迎えに来てくれるらしく、その時間は今から3時間後。だいたい少し日が傾いてきた頃だろう。

 着替えや荷物整理を考慮すると、海にいられるのはあと2時間ほどになる。僕がそう説明すると、紅葉くれはがイヴの方を見ながら言った。


「せっかくなら、みんなでできる遊びをしたいわね」


 確かに、海に来てから1度も全員で遊んでいない。彼女もイヴを気にかけてくれているのだろう。


「そうですね、泳がなくてもできるようなことにしましょうか」

「なら、ビーチフラッグとかはどう?」

「それ、いいですね!」


 麗華れいかの呟きにノエルが提案し、奈々なながウンウンと頷いた。

 しかし、イヴは首を捻ると両手の人差し指で三角形を作って見せる。これが表してるのはおそらくフラッグだね。


「イヴちゃんの言う通り、ビーチフラッグに使えそうな旗なんてここには無いわよ?」

「何か代わりのものを用意すればいいんじゃないですか?例えば、赤コーンとか」


 麗華の言葉に周囲を見回してみるも、校庭じゃないのだから赤コーンが置かれていたりはしない。倉庫の中にもそれらしきものは見当たらなかった。


「細長くて立つものなら何でもいいのよね?」

「そうですね、細長くて立つものなら……」

「どうしてこっちを見るの?」

「な、なんでだろー?」


 何やら僕の水着をじっと見つめてきた奈々は、声をかけると慌てたように首を振ってそっぽを向いてしまう。

 なんだか様子がおかしい気がするけれど、彼女は時々こうなるから特に気にする必要ないかな。

 僕がそんなことを思っていると、ノエルが何かを思いついたように「そうだ!」と手を叩いた。


瑛斗えいとくんに立っててもらおうよ」

「どうして僕が?」

「瑛斗くん、ビーチフラッグに参加したいの?」

「いや、勝てなそうだからいいかな」

「じゃあ、審判兼旗役になってよ♪」


 ノエルが言うには、15m先に立っている僕を押し倒して、一番下にいた人が勝者になるというルールらしい。

 まあ、簡単に言うとカルタかな。カードが1枚しかなくて、おまけにめちゃくちゃ走らないといけないけど。


「わかった、やるよ」

「よしっ!」


 小さくガッツポーズをするノエル。しかし、紅葉は納得がいっていないようで、「だ、抱きつくなんて無理に決まってるでしょう?!」と不満の声を上げた。


「なら、参加しなければいいんじゃないですか?」

「うっ……」

「誰も強制はしていませんからね。もちろん、私は参加しますけど」


 麗華の言葉で明らかに怯む紅葉。彼女の場合、楽しさよりも恥ずかしさが勝ってしまうのだろう。頭を撫でることすら嫌がられるくらいだからね。


「紅葉ちゃん、学校では毎日瑛斗くんに引っ付いてる割に、ハグも出来ないんだね?」

「引っ付いてなんかないわよ! ただ、ずっと一緒にいるだけで……」

「そんな感じだと、瑛斗くんは誰かが彼女になって一緒にいられなくなっちゃうかもだね」

「っ……それはダメよ!」

「じゃあ、どうするのが正解?」

「さ、参加する……」

「よく言えました♪」


 まんまとノエルに誘導され、ビーチフラッグをやらざるを得なくなってしまった紅葉。

 僕は少なくとも高校を卒業するまでは恋愛禁止だから、紅葉から離れることはないと思うけどね。何だかんだ寂しがってくれるなら嬉しいなぁ。


「まずは瑛斗さんの立つ位置を決めて、転んでも痛くないようにその周りに柔らかい砂を盛ろう! 」

「あれ、倉庫にマットって無かった?」

「あー、あったような気がするわね」


 どうして体育倉庫でもないのにそんなものがあるのかは置いておくとして、僕は倉庫からマットを取ってくると、その上に立った。

 十分な長さはあるし、これで多少後ろに押されても頭を打つことは無いはずだ。


「じゃあ、ビーチフラッグを始めるよ!」

「もうフラッグじゃないけど〜♪」

「……またスコップが恋しくなったかな?」

「ご、ごめんなさい……」


 15m先で何やら後輩いじめが行われているみたいだけれど、ノエルはまだカナに対して悪いイメージを持っているらしい。

 イヴの件は彼に悪意があった訳でもないし、そろそろ許してあげて欲しいんだけどなぁ。


「じゃあ、合図するよ?」


 僕はそんなことを考えながら、よく見えるように右手を高く上げた。そして――――――――――。


「よーい……ドン!」


 一斉にこちらへと走り出す彼女たち。そんな景色を正面から見る今の気持ちを正直に言わせて欲しい。


「これ、めちゃくちゃ怖いよ」

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