第160話

「はい、じゃあ焼いていくね!」


 奈々なながちょうどいい大きさに切ってくれたお肉を、ノエルが十分熱を蓄えた金網の上に乗せていく。

 1枚乗せる度にジュウ〜という音が奏でられ、金網の半面が埋まる頃には、焼き音の合唱状態になっていた。


「ノエルちゃん、とうもろこしもお願い!」

「ふふ、とうもコロしですね?」

「こ、怖い……」


 ノエルはトングでカチカチと音を立ててから、カナの要望通りとうもろこしも乗せてくれたものの、なんだか歪な微笑みを浮かべている。

 まだイヴを落ち込ませたことを根に持っているのだろうか。


「……ねえ、ノエルちゃん」


 大人しくイスに座っていた紅葉くれはは、お肉をひっくり返すノエルの手元をじっと見つめると、「それ、私にもやらせてもらえる?」と聞いた。

 しかし、ノエルから「いいよ♪」と了承を貰って立ち上がろうとした彼女を、麗華れいかが上から押さえて阻止する。


「小さな子には危ないのでやめておきましょうね」

「誰がチビよ、私にだってそれくらいできるわ!」

「ならやってみて下さい」


 ぷいっと顔を背け、ノエルから手渡されたトングでお肉をひっくり返していく紅葉。

 傍から見ていると、腕を遠くに伸ばした時に金網に肌が触れそうになっていた危なっかしいね。


「ほら、これくらい御茶の子―――――――――」


 バカにした麗華にドヤ顔を見せつけようとしたその瞬間、お肉からパチッと油が跳ねた。

 彼女が「あちっ」と声を漏らすと同時に手からトングが離れ、そのまま砂の上に落ちてしまう。


「ああ……」

「ほら、言わんこっちゃないです」

「っ……ごめんなさい……」


 麗華は「まあ、仕方ないですね」とため息をこぼすと、紅葉が反射的に押さえた腕をそっと撫でてあげた。


「意地悪で言ってるわけじゃないんです。背が低いと危ないので、大人しくしていてくれますか?」

「……そうね、少し我儘わがままだったわ」

「じゃあ、トングを洗ってきてください」


 紅葉は落ちたトングを拾い上げ、すぐに家の中へと走っていく。

 その背中に向かって麗華が「腕も冷やしてきてくださいね」と呼びかけると、「言われなくても分かってるわよ!」という声が返ってきた。


「ふぅ、身の丈に合った行動をして欲しいですね」

「麗華、心配してあげるなんて優しいね」

「目の前で怪我されたら気分が良くないですから」


 麗華はそう言いながら新しいトングを取り出してノエルに手渡す。彼女はそれでお肉をひっくり返すと、出来上がったものをみんなの皿に乗せていった。

 それと同時に、家の中から奈々が「ピーって鳴ったよ!」と叫んでくれる。ちょうどいいタイミングでご飯が炊けたらしい。


「僕はご飯をよそってくるよ」

「私も手伝います」


 麗華と一緒に向かおうとすると、イヴが「私は?」と言いたげに腕を引っ張ってきた。しかし、お茶碗を運ぶだけにそこまで人数はいらないだろう。


「イヴはお肉を見張ってて」

「……?」

「ほら、鳥とか来るかもしれないからさ」

「……」コクコク


 彼女はなるほどという感じで頷くと、目の前にあるお肉をじっと見つめ始めた。与えられた任務にやる気十分みたいだね。

 その姿にクスリと笑い合った僕たちは、家の中に入ると奈々がよそってくれたお茶碗をお盆に乗せて運んだ。

 トングを洗い終えた紅葉には、持っていくのを忘れていた塩コショウを持ってもらい、炊飯器を閉じた奈々も一緒に外へ出た。


「あれ、お肉は?」


 テーブルに歩み寄ってみると、僕はお皿に乗っていたはずのお肉が無くなっていることに気が付く。

 横を見てみれば、他のみんなの分も残らず消えていた。


「イヴ、お肉はどこに行ったの?」

「……!」


 僕が質問してみると、彼女は驚いたように口元に手を当ててゆっくりとみんなの皿を見回した。どうやら彼女も今気付いたらしい。

 今度はノエルに聞いてみるも首を傾げるだけで、何も情報は得られなかった。

 お肉を食べてしまうような生き物が来たというのに、二人共が気付かないなんてことはありえるのだろうか。


「イヴ、もしかして食べた?」

「……」フリフリ

「ほんと?」

「……」コクコク

「ほっぺにお肉ついてる」

「……」プンプン

「いや、太ってるって意味じゃないよ」


 僕がグイッと詰め寄ってくるイヴを宥めていると、テーブルを観察していた紅葉が「あ!」と声を上げる。

 彼女はイヴの席に置いてあった割り箸を手に取り、袋から取り出して掲げて見せた。


「イヴちゃんのだけ使った痕跡があるわ!」

「ということは?」

「犯人は確定だね」


 みんながお箸を見つめる中、そっと立ち去ろうとするイヴの腕を掴む。

 そして、僕は怖がる彼女の頬についたソースを拭ってあげながら目線の高さを合わせた。


「我慢出来なかったの?」

「……」コク

「美味しかった?」

「……♪」

「なら良かった」


 食べられたからと言ってお肉が全部無くなったわけでもない。みんな怒ると言うよりかは、イヴの食いしん坊さに少し驚いている感じだった。


「でも、もう人のは取ったらダメだよ?」

「……」ペコリ


 こうしてお肉消失事件は、犯人が頭を下げたことでわずか数分で円満に解決したのだった。

 その後、「欲しいなら僕のをあげる」とお肉を与えてたところ、嬉しそうな姿を見るのが楽しくてほとんど野菜しか食べれなかったことを、ここに記しておこうと思う。

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