第158話

 他のみんなが海でワチャワチャしている昼過ぎ頃、僕とイヴは頭以外を砂に埋められていた。

 理由は10分ほど前にカナも含めて行われた勝負、その名も手押し相撲大会で負けたから。

 それ以外でってお願いしたのに、全く聞いてくれなかったんだよね。


「しっかり固めとくね〜♪」


 そう言いながらプラスチック製のスコップで砂をトントンと叩くカナ。彼は完成した2つの山を満足げに眺めつつ、イヴの顔を覗き込んだ。


「相変わらず真顔だね〜」

「……」ジー

「そ、そんな目で見ても罰ゲームだから助けないよ〜?」

「……」シュン

「うぅ……悪いことをしてる気分になるなぁ……」


 胸を押さえるカナを見て、僕は心の中でなるほどと納得する。情に訴えかければ助け出してくれるかもしれないのだ。


瑛斗えいと先輩は受け入れて―――――――」

「……」ジー

「――――――無いみたいだね」


 カナは少し考え込んだものの、それでも「罰ゲームは罰ゲーム!」と自分に言い聞かせる。そしてスコップの先を使って、僕にのしかかる砂に何かを書き始めた。


「ふふっ、先輩の腹筋割れさせちゃった」


 そう言われて首を持ち上げてみると、ちょうど腹の部分に綺麗なシックスパックが刻まれているのが見える。

 知らない人に見られる訳では無いけれど、現実と離れすぎていてなんだか恥ずかしいよ。

 しかし、カナはしばらくその偽腹筋を眺めると、「こんなの瑛斗先輩じゃない」と言って自分で消してしまった。


「あ、ちゃんとパンツを書いてあげないと裸だって思われちゃうかな〜?」

「誰もそんな勘違いしないよ」


 むしろ、書いていた方が変に思われそうだよね。というか、そろそろ砂から出して欲しい。


「一応だよ♪ イヴちゃんの方にも……」

「……」ジー

「って抜け出してる?!」


 瑛斗でも身動きが取れない砂の山から、イヴはいつの間にか抜け出して立ち上がっていた。

 彼女は驚くカナの手からスコップを取ると、足元をすくって転ばせ、素早く砂をかけていく。

 そして、自分が埋まっていた砂を丸々かけ終えると、今度は僕の周りの砂を崩してくれた。


「ありがとう、助かったよ」

「……♪」


 イヴは満足げに頷きながら、僕が埋められていた砂もカナの上へと乗せる。

 それから綺麗にならして固め、全体の完成度を少し離れて確認し、うーんと首を傾げた。


「……」ジー

「な、何するつもり?!」

「……」コクコク


 自分の中でなにかに納得した彼女は、周りから砂を集めてきて、それをカナの胸部に乗っける。


「……!」

「『これだ!』じゃないよ?!」

「……?」

「欲しくないの?みたいな顔されても困る!」


 怒るカナに困ったように考え込んだイヴは、自分の胸元をポンポンと触る。

 そして何かを閃いたように手を叩き、再度砂を集めてカナの胸部に乗せる。


「……」ドヤッ

「いやいや、何増築してるの?!」

「……?」


 イヴは首を傾げると、自分の胸と乗せられた砂を比べるようなジェスチャーをして見せた。


「別にイヴちゃんより小さいから文句言ってたわけじゃないんだけど!」

「……」シュン

「あー、イヴのこと落ち込ませちゃったね」

「私が悪いの?!」


 女の子モードの時はいつもゆるっとした口調のカナも、この状況には色々と焦りがあるらしい。

 まあ、見ているだけの僕でもちょっと恥ずかしいくらいだからね。


「イヴちゃん、罰ゲーム無しにするから助けてよ!」

「……?」

「本当だから、ね?」

「……♪」


 自分が埋められる未来を阻止したイヴは、満足そうに頷いてスコップで2つの砂の山を崩し始めた。


「違う! 助けてって胸を削げって意味じゃないから!」

「……??」

「砂から出してって意味! 普通は分かるよ?!」

「……」シュン

「あー、イヴのこと普通じゃないって言ったね」

「また私が悪いのか?!」


 そんなやり取りをしていると、声を聞き付けたノエルが海から上がってきた。

 彼女は落ち込んでいるイヴを見ると、その手からスコップを受け取り、冷たい瞳でカナを見下ろす。


「こんなところにスコップが刺しやすそうな砂があるなぁ?」

「え、ちょ、待っ……痛っ!」

「刺しやすそうな枝もあるよ?」

「それは本当に……痛い痛い!」

「ねえ、もっと尖ってるもの無い?」

「……」


 目から光を失っているノエルに、僕は思わず言葉を失った。

 さすがのイヴも口元がピクピクと引き攣っている。自分が落ち込んでたせいで目の前でこんな惨劇が起こっているのだから、そうなるのも仕方ない。


「じゃあ、もう一度スコップかな?」

「も、もう許してください……」

「フフフ、ユルサナイ」


 カナが埋まっている砂の山が、スコップによって黒ひげ危機一髪のように穴だらけになるまで、僕たちはノエルを止めることが出来なかった。

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