第157話

 朝食を食べ終えると、紅葉くれはたちは間もなく水着に着替えて砂浜へと向かう。僕とカナだけが少し遅れて家を出た。


「カナ、水着は?」

「先輩、分かってるくせに」

「ごめん、一応聞いただけ」


 海に入るつもりがないイヴも含め、全員が水着を着用している中、カナだけは私服のままだ。

 その理由は単純に、水着を着ると男だとバレるから。中学からの付き合いの僕ですから、彼が水着を着ているところを見た事がなかった。

 もし、全員が真実を知っていたのなら着替えられたかもしれないが、2人だけが知らないままだからね。


「ノエルだって引いたりしなかったでしょ? もうみんなに言っちゃえばいいのに」

「私はしたくてしてる訳じゃないんだよ? なるべく知られたくないに決まってるじゃん」

「その割に女の子のフリは昔からノリノリだよね」

「っ……それは……」


 ナンパされた時も「彼女なので」と助けに入ったら、カノは可愛らしい声を作って「この人たち怖いよ……」と抱きついてきた。

 あの時ばかりは僕の脳もカノを女の子だと誤認しかけたよ。


「いいと思うけどね、可愛いし」

「も、もう……瑛斗えいと先輩はそういうことを真顔で言うからダメなんだよっ!」

「ごめん、可愛いは嫌だったよね」


 カナは僕の言葉を聞いて何やらモジモジすると、「別に嫌じゃない……ですよ?」と呟いた。


「そう言えば、カナは成人まで女装するんだよね」

「あれ、無視……まあいっか。その通りだけど、それがどうかしたの〜?」

「いや、成人って18歳と20歳のどっちのことなんだろうと思って」

「確かに、考えたこと無かったかも」


 法的には18歳に引き下げられたけれど、黒木くろき家の男が女装をする原因になった『豊穣の神の呪い』がかけられたのは、今から400年も前の話だ。

 20歳までというのも、果たして正しいのかどうかすら怪しく思えてしまう。


「なるべくはやくやめたいなら18歳になるね。大学には男として入れるよ」

「じゃあ、先輩はどうするべきだと思う?」

「カナがしたいようにすればいいよ。必ずしも20歳でやめないといけない訳でもないし」

「……そうだよね」


 カナは少しの間悩むと、もう一度僕の方を向いて聞いた。


「先輩は、男同士の恋愛はどう思う?」

「いきなりどうしたの」

「いいから答えて」

「男同士でもお互いが好きならいいと思うよ」


 僕が「そもそも、ボクなんてどっちも好きになれないし」と言うと、カノは何かを決心したように拳を握りしめる。


「それなら私……いや、ボクが先輩に恋愛感情を教えて――――――――――――」

「瑛斗、黒木くろきさん、何やってるのよ」

「あっ……」


 そこへ駆け寄ってきた紅葉が、眉を八の字にしながら僕たちの手を引っ張って砂浜へと連れていく。


「みんなで写真を撮るの。2人が来ないと取れないでしょうが」

「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」

「言い訳はいいから早く並びなさい」


 そう急かしながら、紅葉は僕とカナをカメラの乗った三脚の正面に立たせる。

 右側にイヴとノエルが引っ付きながら立っていて、紅葉は彼女らと僕との間に割り込んできた。


「じゃあ、タイマーセットしますね!」


 麗華れいかがそう声をかけ、ボタンを押すと同時に赤いランプが点滅し始める。

 彼女はカメラのある位置からこちらへ走ってくると、僕の前でしゃがんで右手でピースを作った。


「あれ、奈々ななは?」

「「「「「……あっ」」」」」


 その場にいた全員が忘れていた存在に気づいたその瞬間、パシャリとシャッターが下ろされる。


「絶対変な顔で写っちゃってます……」

「私なんて目閉じてたかも」

「はいはい、今見てみるわ」


 紅葉がトコトコとカメラに駆け寄り、保存された写真を確認しに行く。すると、彼女は「……ふふっ」と笑いながら画面を見せてきた。


「こ、これは……」

「なかなかいいじゃないですか」

「……」コクコク


 表示されている写真の右端、僕から見て左側にいるカナの肩の上に、サーフボードの上で慌てている奈々の姿がしっかりと写っている。


「奈々、大丈夫―――――――じゃないね」


 海の方を振り返ってみると、写真では遠くにいたはずの彼女が、ボードと一緒に砂浜に打ち上げられていた。


「けほっけほっ……」

「慣れないことするからだよ」

「うう……二度とサーフィンなんてやらない……」


 涙目でそう宣言する奈々が、10分後に同じセリフを言うことになるのだけれど、それはまた別のお話。

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