第155話
あれから、声をかけて起きた
ほっぺをつねっても起きなかった
まあ、紅葉の場合はそれ以外の理由もあったみたいだけど。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
紅葉は麗華と同じ部屋に、カナは昨日空いていた僕と同じ部屋のベッドへ寝かせ、最後に残っていた
「そう言えば、ベッドって6個しかないんだっけ」
本来なら足りたはずだが、カナが来たことで人数が7人に増えてしまった。さすがに我が妹をソファーで寝かせる訳にも行かない。
かと言って、イヴとノエルの間に入れるのも違う気がするし、紅葉と麗華のところも申し訳ないなぁ。
「お兄……ちゃん……」
腕の中の奈々が寝言を呟いた。不安そうに指を動かしていた彼女は、僕の服をギュッと掴むと安心したように穏やかな表情に戻る。
「まあ、一緒でも問題ないよね」
昔は一緒に寝てたわけだし、今でも時々潜り込んでくるくらいだし。そもそも、昨晩だって入り込んできていた。
カナの迷惑にならないように、自分と同じベッドに寝かせれば、少し狭いこと以外に文句もない。
僕はそう心の中で頷くと、奈々を抱えたまま2階の寝室へと向かったのだった。
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一方その頃。
(……トイレ行きたい)
彼女が気付いた時にはみんな眠っていて、自分だけ起きているのも何だかなぁと目を閉じたところまでは良かった。
この場にいた半数が兄に抱えられていると言うのに、妹である自分がそうしてもらえないというのは嫌だったのである。
しかし、今になって夕食で爆飲みしたコーンポタージュが膀胱を刺激し始めるとは……。
(これは紅葉先輩の呪い……)
私はこんなものに屈しない!とばかりに、奈々は太ももに力を入れて股を閉じる。こうすれば少しの揺れには耐えられるはず。
ベッドまで耐えれば、あとは少し様子を見てからトイレのために起きたフリをすればいいだけ。彼女の作戦は完璧と思われた。しかし……。
「奈々、大丈夫?」
「っ……」
ついつい目を開けてしまいそうになった。力が入っていることに気が付いた瑛斗が、彼女の脚を優しく撫でてきたのだ。
「怖い夢でも見てるのかな」
「すぅ……すぅ……」
脚の力を抜き、寝息を真似てカモフラージュをすると、「落ち着いたかな」と撫でる手を止めて歩き出してくれる。
しかし、先程の瑛斗の何気ない行動によって、奈々は太ももに力を入れて我慢するという手を封じられてしまった。
こうなれば、意識を膀胱から逸らす他ない。
(ケーキ食べたいケーキ食べたい……)
奈々は頭の中でショートケーキやチョコレートケーキを想像してみる。瑛斗は階段を上り始めたが、意識していないおかげで振動は気にならない。
(うっ、美味しいものを想像するとヨダレが……ん?ヨダレ……っ?!)
しかし、うっかり液体を想像してしまったことで、奈々の意識は一気に膀胱へと引き戻された。
たとえ認識していなくても、体自体は延々と限界を感じ続けている。これまではそれを意志の力で延命していただけ。
そんなところへ無であったはずの意識を向けてしまえば、尿意は留まることを知らず一気になだれ込んでくる。
「っ……」
「あれ、まただ」
危機感を覚えた奈々は、反射的に全身に力を入れる。それによって漏らすことだけは避けれたものの、瑛斗に気付かれてしまった。
「もしかして寒いのかな?」
彼はそう呟くと、奈々の肩を擦り始めた。小刻みな振動が彼女の下腹部を刺激し、もはや断崖絶壁に指一本で耐えているような状況。
今ばかりは兄に触れられるのを拒みたい気持ちだった。だって、高校生がおもらしなんて……社会的に死んでしまうから。
「ここを温めるといいって聞いたことあるよ」
瑛斗はそう言いながら階段に腰かけると、肩に置いていた手をスライドさせてそっと脇腹へ触れた。その瞬間、奈々の顔から血の気が引く。
兄は自分がそうではないから知らないのだ。普通の人は、そこに触れられるとくすぐったいということを。
「今温めてあげ――――――――――」
「ま、待って! 大丈夫、大丈夫だから!」
「あれ、起きてたの?」
「い、いいから早く下ろして!」
普段は感じられない気迫に瑛斗が急いで奈々を下ろすと、彼女は大慌てでトイレへと駆け込んでいく。
そんな後ろ姿を見届けた彼は、少し口元を緩めながら呟いたのだった。
「――――――ちょっと遊びすぎたかな」
数分後、ため息をつきながら寝室に入ってきた奈々に「間に合った?」と聞くと、「……3分の2くらい、かな」と苦笑いされたらしい。
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