第153話

 カナを脱衣場まで案内した後、ソファーでホッと一息ついた僕は、とあることを思い出して慌てて浴場へと駆け込んだ。


「だ、誰……?」

「そちらこそ誰ですか?!」


 しかし、既に手ノエルとカナはお互いを認識し合っている手遅れ状態。

 カナは下半身をタオルで隠していたものの、上半身が露出していたせいで「お、男の子?!」とノエルにバレてしまった。


「って、あれ? よく見たら同じ学校の子?」

「ノエル、カナを知ってるの?」

「S級のプロフィールは時々見てたからね。確か黒木くろきさんだっけ?」


 彼女がそう言うと、カナは「は、初めまして!」と丁寧に頭を下げる。


「そう言う先輩はアイドルの……!」

「バレちゃった? のえるたそだよ♪」


 カナって意外とアイドル好きだったのかな。目をキラキラさせてノエルと握手すると、「この手、一生洗わない!」とニヤニヤしていた。


「ところで、どうしてノエル先輩がここに?」

「それはねぇ……」


 カナの質問に、ノエルは意味深な視線をこちらに向けてくると、いかにも不満そうな口振りで言った。


「瑛斗くんが頭洗ってくれるって言ったのに、私のこと放置するんだよね」

「ええっ?! それは酷いです!」

「だよね! おかげで湯冷めしちゃいそうだよ……」


 じっと見つめてくる2人。どうやら僕は責められているらしい。確かに二回もノエルのことを忘れたのは悪いけれど、彼女がそんなにも僕が洗うことにこだわる理由がわからない。


「分かったよ、すぐに洗うから」

「あ、待って! 黒木さんって男の子なんだよね?」

「まあ、バレちゃいましたからね」

「男の子とお風呂に入るのは、ちょっと恥ずかしいなって……」

「あ、そうですよね!」


 カナは「つい女の子の気分になってました」と後ろ頭をかくと、「後で入りますね!」と言い残して浴場から出ていく。

 そんな後ろ姿を見送った僕は、少し気になったことをノエルに聞いてみた。


「ねえ、僕も男だけど?」

「ふふっ、瑛斗くんは大丈夫だよ♪」


 湯気に当てられたのか、頬をほんのりと赤くする彼女を見て僕はぽつりと呟いた。


「あ、男だと思われてないんだね」


 なんというか、頼りないと言われている気がしてやだなぁ。だからと言って、強くなる努力をする訳でもないけどさ。

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 僕が脱衣場から出てくると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。一体何かと覗いてみると、こちらに気が付いた麗華れいかがにっこりと微笑んでくれる。


「瑛斗さん、オムライスは好きですか?」

「好きだよ」

「よかったです♪」


 彼女はそう言いながらフライパンをひっくり返し、皿に盛ったケチャップライスへ卵を乗せた。

 しかし、僕が普段見ているオムライスとは少し違う。卵がオムレツのような形をして、本当にご飯の上にちょこんと乗っているだけなのだ。


「あれ、包まれてないけど?」

「ふふっ、それはこれからですよ」


 麗華は僕完成したオムライスを食卓へと並べると、卵の中央に切れ込みを入れていく。

 すると、まるで殻が向けるかのように卵が広がり、クルンとケチャップライスを包んでいく。


「おお、すごい」

「ふふっ、いつでも嫁に行けるように修行していますからね♪」

「今の時代、男も料理しないとだけど」

「いえいえ、私は料理が好きなので。むしろ任せて欲しいくらいですよ?」

「それはありがたいね。僕みたいなのは、早起きできないからさ」


 麗華みたいな人と結婚したら、苦手な早起きは必要なさそうだよね。掃除洗濯なら僕にもできるし、時々お菓子でも作ってあげたら喜んでくれそう。

 そんなことを思っていると、ウエイトレスのように大皿を片手に持った奈々が奥から出てきた。


「毎日お弁当作ってあげてるのは私だもん。お兄ちゃんは私の味が一番好きだよね?」

「それはもちろん。いつも感謝してるよ」

「えへへ♪」


 頭を撫でられてご満悦の彼女は、揚げ物の乗ったお皿をテーブルに置くと、もう片方の手に持っていたケチャップのフタを開ける。


「お兄ちゃんのために私が愛を込めるよ」

「ちょ、私のオムライスを穢さないでください!」


 オムライスの上にケチャップを垂らそうとした奈々を、麗華は慌てて止めた。もしかして、ケチャップ嫌いなタイプなのかな?


「穢すなんて失礼ですよ!LとOとVとEを書くだけじゃないですか!」

「それが穢れていると言ってるんですよ!」

「兄妹だからってバカにしないでください!」


 とうとうケチャップの奪い合いを始めた2人は、やがて喧嘩に発展。着替え終えて出てきたノエルも、どうして良いかわからずワタワタとしている。

 そんなところへ、「ほら、出来たわよ」と紅葉くれはがやってきた。


「麗華先輩、いい加減に……」

「あなたこそ諦めて……」


 直後、2人は落ちそうになったケチャップを同時に掴んだ。それによって容器に圧力がかかり、中身が勢いよく飛び出す。


「「あっ……」」


 気付いた時には、満タンだったはずのケチャップは半分以上無くなり、そのほとんどが紅葉にかかっていた。

 もちろん、被害は彼女が持ってきたクルトン入りコーンポタージュにも―――――――――。


「あなたたち……」

「「は、はい!」」


 紅葉の持つ大きな器が小刻みに震える。それを見た奈々と麗華も、100%自分たちに非がある故に震えていた。

 そしてついに怒り爆発―――――――――と思われたが、紅葉は無言でコーンポタージュを机に置くと、そのままキッチンの方へと戻っていく。


「お、怒ってますよね……?」

「それどころじゃありませんよ……」


 喧嘩していたはずの2人はこの後、紅葉のオムライスに謝罪の言葉を綴るのだけれど、「私、ケチャップかけない派なのよね」という一言で震え上がったことは、また別の時にでも話そうかな。

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