第147話
「揺られてるだけってのも楽しいね」
「……」コク
2人用浮き輪のそれぞれの穴にお尻を入れて、僕とイヴは緩やかな波に揺られていた。潮風が心地よく、完璧なお昼寝スポットだと思える。
―――――まあ、ここが岸から遠く離れた場所じゃなければの話だけどね。
「いつの間にこんなところに来てたんだろ」
「……?」
「イヴも寝てたから分からないよね」
僕たちはうたた寝をしている間に、気がつけば流されてこんなところまで来ていたのだ。
こちらからなら場所がわかるから見えるが、まさか海にいるとは思っていない彼女らには、2つ分の浮き輪と言えど肉眼では見つけられないだろう。
「帰る方法がないよね」
「……」コク
僕1人なら、2キロくらいなら死ぬ気で泳げばたどり着けるかもしれない。ただ、イヴは絶対に無理だ。
パッと見はいつもと同じようにも見えるけれど、時々白目を向いてるし。彼女は怖さで気絶寸前なのだ。
「少しでも岸に近付こう」
「……」
フラフラしているイヴはそのままに、僕は浮き輪の穴から下半身を海に沈めると、バタ足で岸に向かって進み始めた。
しかし、潮の流れに完全に逆らう形になっているのか、いくら足を動かしてもむしろ離れていっているような気がする。
「どうしよう」
「……」チーン
振り返ってみると、イヴは完全に意識を失っていた。バタ足をしたことで浮き輪が小刻みに震えたせいかもしれない。
こうなれば、自分1人で何とかするしかないらしい。僕はそう決意すると、紅葉たちに向かって大きな声を出した。
「おーい!」
それでもこちらに気づいた様子はない。普段大きな声を出さないこともあって、数回叫んだだけで喉に痛みを感じた。
他に音が出せるものなんてないし、ここからでは音に気づかせること自体が無理だろう。何か目に付くことをしなければ―――――――――。
「どうか、これで気付いて」
僕はおそるおそる浮き輪の上に立ってみる。ふたり用ということもあって、真ん中に立てばある程度安定はしてくれた。
こんなこと、イヴが起きてたら発狂してただろうし、むしろ気絶してくれて助かったね。
「おーい!」
無理とわかっていても、手を振りながら喉にムチを打って声も出す。今の僕の心情は、それほど危機迫っているのだ。
それはもう、3回まわってワンといえば助けてやると言われれば、サービスで10回まわるほどに。ワンも4、5回までなら言える。
「――――――っ!」
そんな気持ちが届いたのかも知れない。海岸にいたノエルが慌てたように紅葉たちを呼ぶと、こちらに向かって指を差したのだ。
これで助かる。一瞬そう安心したものの、よろよろと腰を下ろしてから考えてみれば、あのビーチには大人がいない。
もっと言えば近くに消防署もないし、プライベートビーチだから監視員すら居ない。
要するに、場所がわかったところですぐに助けに来れる人が誰もいないのだ。
のんびりしていれば浮き輪はさらに流され、紅葉たちも見失いかねない。
「イヴ、起きたら無人島かもしれないよ」
「……」チーン
今の僕には、ピクリとも動かないイヴの海に浸った髪をまとめ、浮き輪の上へと上げてあげることしか出来なかった。
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