第146話

「ムラなく塗ってね」

「わかった」


 僕はそう返事をして、日焼け止めを手のひらに垂らした。

 こういうのはしっかり手で温めてからやるものだって、前にテレビか何かで聞いたことがある。

 その通りにやってみるも、ノエルは手のひらが触れた瞬間、肩をピクっと動かした。


「ごめん、冷たかった?」

「ううん、くすぐったかっただけ。男の子に触れられることなんてあまり無いからね」

「嫌なら誰かと代わるけど」

「もう……言ったよね? 瑛斗くんのこと好きだって」

「冗談だったんじゃないの?」


 僕がそう聞くと、うつ伏せになっていたノエルは上半身を捻って顔をこちらへ向ける。そして、少し頬を膨らませながら聞いてきた。


「瑛斗くんにはそう聞こえるんだ?」

「違うの?」


 彼女は少しの間こちらをじっと見つめていたものの、小さく微笑んでからまた同じようにうつ伏せになる。


「今はまだ、ヒミツかな♪」


 その意味深なセリフに「まだ?」と聞き返すと、ノエルは足音にもかき消されそうな声で「うん」と答えた。


「アイドルを辞める時が来たら教えてあげる」

「じゃあ、1年後になるのかな?」

「ううん、もっと先だよ」

「契約、延長するんだね」


 彼女は「仕事、好きになれたから」と呟くと、大きなあくびをひとつして、ペタンと体から力を抜く。

 僕は「よかったね」と言いながら、労うように全身へ日焼け止めを塗ってあげたのだった。

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「はい、出来たわよ」

「ありがとう、紅葉くれは


 僕も届かないところは彼女に塗ってもらった。

 背中に触れる感覚だけだと、紅葉の手がすごく小さく感じたよ。それに丁寧に隅々まで塗ってくれたし、意外と几帳面な部分もあるのかな?

 とにかく、知らなかった部分を知れたみたいで、それだけでも海に来た甲斐があるね。


「それでは、遊びに行きましょう!」


 麗華れいかの言葉に、みんな海へ向かって歩き出したものの、着いていこうとする僕をイヴが引き止めた。


「どうしたの?」

「……」ジー

「ああ、早速使いたいんだね」

「……」コクコク


 彼女が見つめる先にあるのは、例の2人用浮き輪。

 そう言えば、イヴは泳げないんだよね。それなら海に入る時は絶対に持っていきたいはずだ。

 僕は浮き輪を抱えると、「おいで」と手招きして2人で海へと向かった。


「この波の音、海に呼ばれてる気がするわね」

「ええ、そのまま東條とうじょうさんだけが誘われてくれればいいんですけど」

「どういう意味よ」

「ご想像におまかせします」


 早くも浅瀬で喧嘩している2人は放っておくとして、僕とイヴは波打ち際にしゃがんで水の冷たさに慣れることにする。


「気持ちいいね」

「……」コク

「もう少し前に行こっか」

「……」コク


 今度は膝まで浸かるところでお腹や背中に水をかけてあげる。冷たさのせいか苦手意識のせいか、時折体を震わせていた。


「もう少し行ける?」

「……」

「無理ならやめとこうか?」

「……」フリフリ


 勇気を出してくれるイヴの背中に手を当てながら、ゆっくりと太ももが浸かるところまで進む。

 しかし、これ以上はさすがに怖いらしく、僕の水着の端をギュッと掴んでいた。ちょっと危ないからやめて欲しいかなぁ。

 僕は「よく頑張ったね」と頭を撫でてあげながら、浮き輪を彼女の前へと移動させる。ここからはこれに乗って進むことになるからね。


「乗れる?」

「……」コク


 またごうとしてよろけた体を支え、それでも無理そうなのでいわゆるお姫様抱っこで乗せてあげた。

 これで浮き輪さえ割れなければ、イヴが溺れる心配もないね。僕もそばに居るし。


「じゃあ、みんなのところに行こっか」

「……」コクコク


 動けない彼女の代わりに、もう1つの穴に体を通した僕が浮き輪ごと移動する。要するに、足の代わりになるってことだ。


「……♪」


 後になると労力がすごいことになりそうだけど、一人じゃ海に入れないイヴが楽しそうにしてくれてるし、それだけで僕も頑張り甲斐があるよ。

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