第145話

「遅くなってごめんね!」

「……」ペコリ


 紅葉くれはが落ち着いた頃、ノエルとイヴがようやく着替え終わって歩いてきた。

 どうやら、遅くなったのは例の2人用浮き輪に空気を入れてくれていたかららしい。既に膨らんだものを2人仲良く体を通している。


瑛斗えいとくん、どう?似合う?」


 そう聞いてくるノエルの水着には、キラキラとした金髪とは相反する黒のフリルがついている。子供らしさと大人な雰囲気とが混ざったいい水着だね。


「髪色が映えるね」

「でしょ〜♪ 撮影の時に貰ったやつなんだよね!」


 なるほど、プロがノエルのために用意したものなら似合わないはずがない。そして、その水色バージョンを着ているイヴも、同じくとても似合っていた。


「イヴは同じのを見つけて買ったんだね」

「……」コク

「2人が仲良しになってくれて嬉しいよ」

「……♪」


 イヴは僕の手を取ると、『おかげさま』と綴ってくれる。

 自分としては放っておけなかっただけだから、感謝を求めてるわけじゃないけど、こうやって素直に伝えてくれると嬉しいね。


「……」グイグイ

「イヴ、遊びに行きたい気持ちは分かるけど、日焼け止めを塗らないとだよ」

「……!」


 すっかり忘れていたらしい彼女は、持ってきたカバンの中から日焼け止めを取り出すと、僕に差し出してきた。


「先に使っていいの?」

「……」フリフリ


 違うと言いたげに首を横に振ったイヴは、日焼け止めのケースを指差した後、その指を自分自身へと向けた。どうやら塗れという要望らしい。


「いいよ、塗ってあげる」

「……♪」


 そう言って手のひらに日焼け止めを出そうとすると、紅葉が「ま、待ちなさいよ!」と割り込んできた。


「双子で塗りなさいよ、どうして瑛斗に頼むの!」

「……?」

「問題ある?みたいな顔されてもダメよ。友達にやって欲しいなら、私がやってあげるから」

「……♪」

「あ、それでもいいのね……」


 イヴは僕から日焼け止めを受け取ると、紅葉と一緒に場所を移動する。どうやら僕は解任されてしまったみたいだね。


「では、私に塗ってもらえますか?」

「いや、妹である私に塗るのが普通だよ!」


 日焼け止めはイヴのを一緒に使うことになってるし、彼女が終わるまですることないなと思っていると、今度は麗華れいか奈々ななが日焼け止めを差し出してきた。


「別にいいけど、2人一緒には無理だよ」

「なら、先着順で私ですよね」

「住んでる場所が近い順だよね?」

「それでは勝ち目がないじゃないですか!」

「クラスメイトの分際でお兄ちゃんに頼むこと自体おかしいんですよーだ!」

「なっ?! 私は瑛斗さんを良き友人だと思っているからこそ……」

「お兄ちゃんに話を聞いてもらって泣いてたくせに!」

「ど、どうしてそれを?!」

「あっ……」


 しまったという顔をする奈々と、ほんとりと顔を赤くする麗華。2人の喧嘩を見かねたように、ノエルが「仲良くだよ!」と間に入ってくれる。

 そして、彼女はポンと手を叩くと、名案とばかりに僕へ向かって言った。


「2人で選べないのなら、私が第三の選択肢になってあげるよ♪」


 これには納得できなかった奈々と麗華は、互いに向けあっていたヘイトをノエルへと移動させる。


「それはおかしいですよ!」

「第一、何の権利があってそんな割り込みを……」


 それを聞いたノエルは「権利?」と首を傾げると、人差し指を下唇に当てながらクスクスと笑った。


「私は瑛斗くんのことが好き、告白だってしてるよ。好きな人にして欲しいと思うのは、おかしなことなの?」


 僕は「それは嘘だったんじゃないの?」と聞こうと思ったけれど、驚きのあまり言葉を失う2人を見てやっぱりやめた。

 今のは2人の喧嘩を止めるための嘘だったんだね。体を張ってまで誰かのために何かしてくれるなんて、さすがはノエルだよ。


「じゃあ瑛斗くん、お願い出来る?」

「もちろんだよ」


 僕はそう言って、快く日焼け止めを受け取った。

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