第142話

「お兄ちゃん、妹が寝込みを襲いに来たよ〜♪」


 そう言いながら大胆に突入してきた奈々ななは、ベッドに上がって瑛斗えいとの顔を覗き込むと、にんまりと笑った。

 そして奥側にあるもう1つのベッドから枕を持ってくると、瑛斗の布団に潜り込む。

 これが奇跡的に紅葉くれはがいるのとは反対側だったため、奈々は瑛斗以外の存在に気がついていないらしかった。


「お兄ちゃん、寝てるの?」

「……」

「本当に襲っちゃうよ?」

「……」

「なんちゃってね。私、お兄ちゃんが許してくれないことはしないよ」


 彼女は「実の妹だもん」と悲しそうに呟くと、唇に近づけていた顔を枕に落とし、そっと頬に口付けをする。


「兄妹だからできることもあるけど……やっぱり我慢は辛いなぁ……」


 奈々はそんな独り言を零しながら、寝たフリをしている最愛の兄の体をぎゅっと抱きしめた。

 その安心感からか、彼女は目元に涙の跡を残したまま数分後には寝息を立て始める。

 ベッドの下に隠れ続けていた麗華れいかが、ようやく出られると息をついたのも束の間、部屋に新たな人物が入ってきた。


「……」


 その人物……イヴは家から持ってきたのか、大きなクマのぬいぐるみを抱きしめるようにして持っている。

 彼女はゆっくりと扉を閉めると、トコトコとベッドにやってきて布団をめくる。


「……?」


 右側から見てみると、何故か紅葉が眠っている。これでは入れないと反対側に回ってみるものの、こちらには奈々が居た。


「……?」


 なぜ2人がここにいるのか不思議だと言わんばかりに首を捻ったイヴは、何かを思いついたように頷くと足が向いている側に回り、そこからベッドに上った。


「……♪」


 彼女はそのまま瑛斗の上でうつ伏せになり、全員にしっかりと布団をかけてから、彼の胸に頬を押し付けるようにして睡眠モードに切り替える。

 右も左も無理なら上、なかなか行動に移せることではないが、イヴにやましい気持ちがないことは明白だった。


「…………ふぅ」


 しばらくして寝息が一つ追加された頃、麗華がようやくベッドから這い出てくる。小さく息を吐いてから振り返ると、まだ起きていた瑛斗と目が合った。


「麗華も入る?」

「……いえ、もうスペースがないですからね」


 一番初めに来ていた自分だけが仲間はずれというのは納得できないが、麗華にとって何よりも他の3人のように感情のままに動けなかった自分が恨めしい。


「では、おやすみなさい」


 彼女は小声でそう呟くと、一人寂しく部屋を出たのだった。

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 ピピピピ!


 翌朝、麗華はけたたましい目覚ましの音で目を覚ました。寝ぼけ眼を擦りながら起き上がろうとして、ベッドについた手に触れた感触に驚く。


「え、瑛斗さん?!」


 何故か隣に瑛斗が眠っていたから。確か、昨夜は私だけが別で寝ていたはずでは……?

 記憶のどこを掘り返してみても、麗華は彼がここにいる理由を見つけられなかった。


「……あ、おはよ」

「おはようじゃないですよ!どうしてここに……」

「一人で寝るの嫌そうに見えたから、抜け出して来たんだ。イヴを下ろすのに時間かかっちゃったから、麗華はもう寝ちゃってたけどね」

「そ、そうだったんですか……」


 瑛斗が「迷惑だった?」と聞くと、麗華は「いえ、先に忍び込んだのは私ですから」と微笑む。

 驚きのせいか優しさに触れたせいか、自分自身でも驚くほどいい目覚めだった。


「へ、変なことはしてませんよね?」

「変なこと?」

「いえ、何も無かったならいいんですけど……」

「あ、そう言えばしたかも」

「な、何を?!」


 慌てて自分の体のあちこちをチェックする麗華に、唯斗はしまったと言いたげな表情で答える。


「頭を撫でたかもしれない」

「……それだけですか?」

「うん、うなされてたから落ち着かせようと思って。ごめん、嫌だった?」


 想像と全く違った答えに拍子抜けした麗華は、心配そうな顔をする瑛斗を見て思わず笑いをこぼしてしまった。


「ふふっ、むしろ大歓迎です♪」


 その後、瑛斗は麗華に頼まれて頭を撫でてあげていたのだが、紅葉たちの乱入によって中断されてしまったのであった。

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