第136話

白銀しろかね 麗華れいかも来ればよかったのに」


 フードコートの一角でいちごミルクを飲みながら、紅葉くれははそう呟いた。


「まだ名前の件で忙しいんじゃない?麗華、親戚が多いらしいから」

「そんな感じで海に行けるのかしら」

「それは絶対に行くって言ってたし、大丈夫だと思うよ」


 僕が「それより、紅葉も麗華に来て欲しいんだ?」と言うと、彼女は顔を真っ赤にして「ひ、人が少ないとつまらないでしょうが!」と睨んできた。

 本当に嫌いあっているのなら、今となってはそんな言葉は出て来ないだろうし、2人も何だかんだいい関係なんだね。


「……」ジー

「イヴ、どうかした?」

「……」コク


 小さく頷いた彼女が指差す先を見てみると、大きなMの看板が目に付く。ジェスチャーを解読するに、ポテトが食べたいらしい。

 財布から半額になるクーポンを取り出してるから間違いない。


「1人で買いに行ける?」

「……」フリフリ

「一緒に行こっか」

「……」コク

「じゃあ、紅葉は荷物を見てて」

「そんな、1人で来たみたいで寂しいじゃない」

「じゃあ、紅葉がイヴと一緒に行く?」

「……ポテト買うだけでしょ?余裕よ」


 そんなやり取りをして、イヴは紅葉と一緒にMドナルドへと向かった。僕はその背中を見送りつつ、新作らしいりんごフロートとやらを口に運ぶ。


「甘すぎるなぁ」


 上のアイスは余計だったね。やっぱり、りんごジュースはそのままに限るよ。


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「……瑛斗えいとって意外とすごかったのね」


 Mの魔境から帰ってきた紅葉の最初の一言がそれだった。どうやら、イヴの考えを読み取るのに相当苦労したらしい。


「でしょ?もっと褒めてもいいよ」

「それはやめとくわ」


 あっさりと断られて少し残念な気持ちにはなるが、イヴはお目当てのポテトと追加のシャカチキをゲット出来て満足そうだからよしとしよう。


「でも、紅葉も読み取りづらい方だと思うけどね」

「私はちゃんと表情に出てるでしょ?」

「紅葉はツンデレさんだから、嬉しいのに恥ずかしいから嫌がったフリするもん」

「はぁ?! 私がいつそんなことを……」


 僕は言い返そうとしてくる紅葉の頭に手を伸ばし、上から下へ優しく撫で下ろしてあげる。「ふぁ」という腑抜けた声を漏らした彼女は、ハッと我に返ってその手を跳ね除けた。


「ほら、今」

「こ、これは違うから!本当に嫌だったのよ!」

「じゃあ二度としないね」

「うっ……」

「嫌なんでしょ?」

「嫌……じゃないかもしれない……」

「はっきり言ってくれないと分からないなぁ」


 ちょっとした悪戯心でからかうように言ってみると、紅葉は拳を握りしめて振り上げた。が、すぐにそれを下ろしてしまう。

 ついさっきまで怒り一色だったはずの瞳は、うるうると涙が溜まっていた。


「どうしてそんな意地悪言うのよ……」

「紅葉、泣いてる?」

「泣いてない!こっち見んなバカ!」


 しまった、ついやりすぎてしまったらしい。最近の紅葉は何かとこういう表情を見せるようになったから、心にもないことはあまり言わないように気をつけようとは思ってたんだけどね。

 僕がどうしようかと迷っていると、隣に座っていたイヴがそっと紅葉の頭を撫でてくれる。おかげで少し落ち着いた彼女はこっちを見てくれた。


「紅葉、ごめん。ちゃんと撫でるから」

「……別に撫でて欲しいわけじゃないし」

「じゃあなんで泣いたの?」

「泣いてないから!」

「嘘つかないでよ」

「っ……」


 明らかに残っている涙の跡を手で拭ってあげると、紅葉は少し恥ずかしそうに目を逸らす。


「僕も本心に嘘つかないようにするから、紅葉も正直になってくれる?」

「……わかった」

「うん、えらいえらい」


 ご褒美によしよしと頭を撫でてあげると、紅葉は「子供扱いしないで!」と怒ったものの、「でも、続けて……」と大人しく撫でられてくれる。

 初めましての頃に比べると、だいぶ心を開いてくれてるよね。なんだか嬉しいよ。


「じゃあ、僕も素直になろうかな」

「なに、瑛斗も撫でられたいの?」

「いや、そのいちごミルクひと口欲しいなって」

「ああ、そんなこと。別にいいわよ……って、ストローは違うのにしてくれる?!」

「あれ、紅葉って潔癖だっけ?」

「だからそういう問題じゃないってば……」


 紅葉は「でも、取りに行くの面倒だよ」という言葉に小さくため息をつくと、「わかったわよ」と諦めて飲ませてくれた。りんごフロートの口直しにはちょうどいい味だったね。


「……♪」


 そんな光景をイヴは微笑ましそうに眺めていた。友達よりも少しだけ近い二人の関係を。

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