第134話

 凜音りんねが差し出してきたのは、弁当箱くらいの大きさの四角いタッパー。中にはクッキーが入っているらしい。


「勘弁って何を?」

「とぼけないでください!妹さんから聞きましたよ!前の動画、まだ消してないって……」

「本当に奈々なながそう言ったの?」


 僕の質問にウンウンと首を縦に振った彼女は、押し付けるようにタッパーを渡してきた。


「それあげますから、妹さんを説得してください!」


 必死の形相の凜音を見て少し引き気味な紅葉くれはが、小声で「なんの事?」と聞いてくる。


「前に家に押しかけてきたことがあったんだけど、その時の不法侵入した証拠の動画を奈々が撮ってたんだ」

「消してあげればいいじゃない、うるさいし」

「もう消えてるよ、奈々が嘘ついたんだ」


 我が妹が何を思ってそんなことをしたのかは知らないけれど、ここは了承して消しておくことにしておこうかな。早く帰りたいし。


「わかった、伝えておくよ」

「本当ですよね?! 嘘だったら許さないですよ?」

「その時はこっちも不法侵入を許さないけどね」

「っ……」


 よし、これで黙ってくれるだろう。僕は「ありがたく貰っとくよ」とタッパーを見せながら、凜音の横を通り過ぎて教室を出る。

 初めは彼女も海に誘おうかと思ったけど、奈々と会うのも嫌だろうからやめておく事にした。


「―――――あれ、紙がない」

「どうしたのよ、トイレじゃあるまいし」

「その紙じゃないよ。学園長に渡されたメモのこと」


 階段を降りている途中で気が付いた僕は、紅葉に「先に歩いてて」と言ってから教室へと駆け戻る。

 凜音はもうどこかへ行ったのだろうか。見回してみると、無人になった教室の後ろの方にあのメモが落ちているのを見つけた。

 しっかり学園長に渡されたものであるのを確認し、急いで教室を出ようとしてふと足を止める。

 鍵を閉めて職員室に返さないといけないのだ。

 急いで教卓の中から鍵を取り、ドアを閉めようとしていると、横から現れた綿雨わたあめ先生が「掃除は終わりましたか?」と聞いてくる。


「はい、今から帰るところです」

「お疲れ様です。鍵閉めは私がやっておきますよ〜」

「ありがとうございます、さようなら」

「はい、また新学期に会いましょうね〜♪」



 頭を下げてから階段の方へ走り出した瑛斗えいとを、綿雨先生はしばらく手を振りながら見送ってくれる。

 そして彼が見えなくなった頃、先生は一度教室の中を覗き込んでから、「ふふっ」と微笑んで鍵を閉めたのだった。


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 それから数十秒後。


「……音はもう聞こえなくなったね」

「そ、そうですね」


 ロッカーの中から、女子生徒たちが出てきた。片や金髪のノエル。片や風紀委員の凜音。

 2人がどうしてロッカーの中にいたのかについて知るのなら、話は瑛斗が紅葉と一緒に教室を出ていった頃にさかのぼる。



 偶然凜音と話している瑛斗たちを見かけたノエルは、教室の外からこっそりと覗いていた。すると、見知らぬ女が瑛斗にプレゼントを渡しているではないか。

 彼が立ち去った後、ノエルは何かの紙を拾い上げて読んでいる彼女に背後から忍び寄り、耳元でそっと「あなたは誰なのかな?」と聞いてみた。

 なるべくスマイルを意識していたつもりのノエルだが、腰を抜かして慌てふためく彼女を見る限り、怖い顔をしていたのかもしれない。


「……風紀委員?ああ、もしかして口やかましいと噂の人?」


 ということは、確か低ランクだったはず。つまり、学園長のゲームに参加する資格はない。そもそもゲームのことすら知らないだろう。

 ノエルは記憶の中の情報を整理すると、しりもちをついている凜音の前にしゃがみ、優しい声で言った。


「低ランクなのに瑛斗くんに近付くなんて、あなたいい度胸してるね♪」

「ひっ……笑顔が怖い……!」

「どうして逃げようとするの?痛いことはするつもりないよ?」


 ノエルは四つん這いになった凜音の右足を掴むと、ニコニコ笑いながらその体を引き寄せる。

 この見知らぬ低ランクに瑛斗を取られてはいけないのだ。ゲームとしても、一人の乙女としても。


「二度と瑛斗くんに近付かないように……」


 凜音を押さえつけようとしたノエルは、ふとこちらにやってくる足音に気がついた。S級、ましてアイドルである自分の今の姿を見られるわけにはいかない。

 彼女は急いで立ち上がると、震える凜音を引きずるようにして、ロッカーの中へと駆け込んだのだ。そして話は初めに戻る。


「とにかく、怖い目にあいたくなければ瑛斗くんには近づかないこと!いいよね♪」

「は、はい!」

「あと、今日のことを他の人にも話したらダメだからね?もし話したりしたら……」

「分かってます!秘密は墓場まで持っていきます!」


 この女には逆らってはいけないと、凜音の本能が告げていた。だが、彼女には一つ気になっていることがある。

 凜音は「うむ、よろしい♪」と満足そうに微笑むノエルに、その疑問をおそるおそる投げかけてみた。


「あの……鍵って内側から開けれましたっけ?」

「開けれないと思うけど?」

「さっき、ガチャって音が聞こえたような……」


 その言葉に、慌ててドアへ駆け寄ったノエルは、押しても引いても開かないドアに頭を抱える。


「つ、次に人が来るのっていつになるのかな?」

「おそらく夏休み明けかと……」

「……」

「……」


 その夜、見回りに来た警備員によって、女子生徒2名が保護されたそうだ。

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