第133話

 あれから一週間と数日が経った。知る限りはみんな数値の変動はあったみたいだけど、ランクはそのままだったらしい。

 僕も相変わらずF級のまま、こうして終業式の日を迎えた。


 その日の放課後、綿雨わたあめ先生に黒板を綺麗にするようお願い命令された僕は、紅葉くれはと2人で教室に残っていた。

 黒板消しをクリーナーで綺麗にして、ようやく帰れるというところで、教室のドアがゆっくりと開いた。入ってきたのは学園長だ。


「やあ、瑛斗君」

「どうしたんですか?」

「まだ残っていると聞いてね、話があるんだ」


 残らされているのだと訂正しようと思ったが、言ったところで意味もなさそうだからやめておいた。


「ボクの知人がプライベートビーチ付きの別荘を買ったらしいんだ」

「いいですね」

「そうだろう?ボクもいつかは買いたいところだけど、この学園の建設費が予定よりも高くてね。しばらくお預けだよ」


 学園長は豪快に笑ったものの、僕と紅葉が真顔なことに気がつくと、コホンと咳払いをしてその先も説明し始める。


「ただ、彼は友人が居な……いや、多くない人でね。ビーチがあるのに呼ぶ相手が見つからないんだ」


 その言葉に僕が「親近感湧くね」と言ったら、紅葉は「どうしてこっちを見るのよ……」と睨まれてしまった。仲間意識が芽生えないのかな?


「1人で満喫しても数日で飽きてしまったらしく、もったいないからせめて誰かに使ってもらいたいらしいんだよ」

「それなら解放して一般人に来てもらえばいいんじゃないですか?」

「いや、彼はビーチが汚れるのは嫌みたいで、使わせるのも10人以下がいいらしい」


 学園長は「いい人はいないかと聞かれたんだけど……」と言いながら僕を見ると、グッと親指を立てて見せる。


「ボクの可愛い甥っ子なら、マナーくらいは知っているだろう?ピッタリだと思ったんだよ」


 学園長は「もちろん……」と僕の隣の紅葉へ視線を向けると、「その友人もね」と微笑んでみせた。これはつまり、紅葉も誘っていいという意味だろうか。


「忙しいなら断ってもいいけど、ビーチを占領できる機会なんて一生ないと思うよ?」

「確かにそうですね。紅葉はどう思う?」

「ど、どうして私に聞くのよ」

「え、行きたくないの?」

「……そりゃ、行きたいわよ」

「じゃあ、決まりだね」


 学園長は満足げに頷くと、「知人には人が見つかったと連絡しておくよ」と言ってメモを手渡してきた。別荘の場所が記されたものらしい。

 彼はご機嫌に鼻歌を歌いながら扉へ向かうと、途中で何かを思い出したように振り返った。


「他にも人を誘っていくといいよ。ただし、向こうでなにか問題が起きても、ボクは責任を取らないからね」

「問題というと?」

「夏の過ちってやつさ」


 学園長はよく分からないことを言い残して、教室を後にした。後に残ったのは、ポカンとした顔の僕とほんのりと頬を赤らめている紅葉だけ。


「夏の過ちってなんの事?」

「し、知らないわよ……」

「やっぱり、日焼け止めは塗れってことなのかな。真っ赤になって痛いもんね」

「……」

「いや、やっぱり熱中症のことかな。命に関わるもんね」

「どっちでもいいわよ……」


 何故か呆れたようにため息をつかれてしまった。答えを知ってるなら教えてくれてもいいだろうに。


「他は誰を誘うの?」

「紅葉と2人ってのもありだよね」

「はぁ?! な、何言ってるのよ!」

「冗談だよ。冗談だから肩叩くのはやめて」


 そんなに嫌だったのか、かなり強い力でべしべしとされた。腕が取れるかと思ったよ。


麗華れいかを誘おうかな。あとはイヴ。ノエルはアイドルで忙しいかもしれないけど」

「そう言えば最近、黒木くろきさんを見ないんだけど。あの子どうしてるの?」

「カナは中間テストが終わってすぐに海外に行ったらしいよ。短期の留学って言ってたかな」

「あー、だから絡んで来ないのね」


 『決して登場させる機会がなかったせいではないのだ』という声が聞こえてきた気がするけど、おそらく気のせいだろう。

 どちらにしてもカナは誘えないし、他に連れていくとしたら奈々ななくらいだろうか。

 そんなことを思っていると、教室の外から誰かがこちらを見ているのが見えた。


「あれ?あの人、どこかで見たことある気がする」


 顔は覚えているのに名前が出てこない。確か、家に乗り込んできた結果、奈々に撃退されていたような――――――――。


「あ、そうだ。凜音りんねだ」

「っ……?!」


 僕が名前を呼ぶと、彼女はサッと影に隠れてしまった。以前の強気な様子とは一変しているだけに、なんだか違う人を見ているみたいだ。

 彼女はオドオドしながらもう一度教室内を覗き込むと、ロボットみたいな動きでこちらへと歩いてくる。


「何か用?僕、また何かやらかした?」

「い、いえ、今回は怒りに来たわけじゃないです」


 何かに怯えているというか、緊張しているように見える彼女は、背中に隠していた何かを差し出すと、深く頭を下げた。


「こ、これで勘弁してください!」

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