第129話
あの日から
そして数日後、僕の隣の席からは人がいなくなった。彼女は学校をやめたそうだ。
最後に見た表情が何かを決意したように見えたから、もしかしたらとは思っていたけれど、ここまで思い切った行動に出たのには驚いた。
麗華は紅葉にも自分から秘密を話したらしく、朝の教室で深いため息をついている。
「あの上から目線とさよならかと思うと、少し寂しいわね」
「
「そ、そりゃ、一応同じ時間を過ごしてきたこともあったわけだし……」
「へぇ、僕が居なくなっても同じように思ってくれるのかな?」
「……変なこと言わないで」
ぷいっと顔を背け、
その背中を眺めながら、僕は先生があえて扉を開けっぱなしにしたのを見て確信した。自分の時も同じだったから。
「みなさん、今日は大事なお知らせがあります」
その言葉で教室はしんと静かになる。先の一言だけで察したのだ、お知らせの中身を。
綿飴先生がドアの外に向かって手招きをすると、少し緊張した面持ちで教室に入ってくる『転校生』。
彼女は先生の横まで歩いてくると、丁寧なお辞儀をしてから自己紹介をした。
「今日からこのクラスの仲間になる、
これまで同じ教室にいた
僕と紅葉、おそらく先生も。麗華も含めた4人以外のこの場にいる人は事情を知らないのだから無理もない。
そしてこうなることを予知していたのだろうか。あの日と同じように、彼女は動き出した。
「黙りなさい!」
バンッと机を叩いて立ち上がり、静寂が訪れた教室の中をコツコツと靴音を立てながら前まで歩いていく紅葉。
彼女は麗華の目の前で止まると、あの時よりもずっと上手な笑顔を浮かべながら言った。
「私は
あくまで初対面として、新しい関係を築いていこう。そういうことを言いたかったのだろう。
その意図を察した麗華もニコッと微笑むと、差し出された手を握って握手を交わした。
「随分と姉がお世話になったそうですね。今後ともよろしくお願いします、ふふふ……」
「ええ、こちらこそ」
怪しい笑みを浮かべながら見つめ合う2人を、綿雨先生が「仲良しですね〜♪」と言いながら引き離し、そのまま教室を出ていった。
「帰ってこなくても良かったのに」
「勝負はまだ終わっていませんからね」
でも、僕が思っているよりも二人の仲は良好だったみたいだね。そこだけは予想と違ったかな。安心したよ。
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麗華はあれから両親に本当のことを全て話した。
すると、返ってきた言葉は意外にも『やっぱり』。彼女の両親は葬式からしばらく経った頃、なんとなく2人の入れ替わりに気がついていたのだ。
その上で麗華の気持ちを汲み取り、麗子として育てていたということだった。
麗華が自分自身の人生を歩みたいと告げると、両親は反対することなく、むしろ尊重してくれた。
そして、この数日の間、彼女と共に親戚の家を回って一緒に頭を下げてくれた。麗華のしたことを怒った者は、誰一人いなかったそうだ。
話に現実味がなかったからかもしれないが。
放課後、役所にも話をしに行くらしい。信じてもらえるかも怪しいから、もしかすると名前の変更になるかもしれないと麗華は言っていた。
何はともあれ、彼女はこれから何にも縛られずに生きていくことが出来る。自分自身の幸せのための行動ができる。
それは何にも代え難い幸せなことであり、当たり前のようにあることこそが幸福なのだ。
僕は彼女の幸福を取り戻す手助けができて、心から嬉しいと思っている。
「麗子もきっと同じ気持ちだよ」
「ふふっ、そうだと嬉しいです」
麗華の微笑みには、もう混ざりっけはなかった。ようやく心から笑えているのだ。
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