第127話

「私は……姉の白銀シロカネ 麗子レイコのために、幸せにならなくてはならないんです……!」


 そう大きな声を出したカノジョを、瑛斗えいとは表情ひとつ変えず見つめる。

 これまで自分を指してきた名前を、まるで他人のように言った。ならば、カノジョは一体誰なのか。


「やっぱり、そう言うことだったんだね」


 瑛斗には既に見当がついていた。


「……え?」

「前に学園長室へ呼び出された時、文科省の碧浜あおはま 結衣ゆいって人が来てたんだ」

「?」


 カノジョはいまいちピンと来ていないらしかったけれど、奈々ななと勝負した時に机を運んできた人だと教えたら、「ああ、あの剣道が出来そうな……」と思い出してくれた。


「あの時、学園長の机の上の資料が目に留まってね。文科省の作成印が押されてたから、結衣さんが持ってきたものだと思う」


 あの時は別の用事で呼び出されていたし、深く気にする必要も無いと思っていた。けれど、イヴとノエルの秘密を知った今だからこそ分かる。


「あれは春愁しゅんしゅう学園高校の生徒のうち、何かプロフィールに間違いがあった人のリストなんじゃないかな」

「……間違い?」

「そう。例えば、名前が違うとか、性別が違うとか、とかね」


 あえて最後のだけを強めに言うと、カノジョの眉がピクリと動いた。

 もはや隠すつもりもないカノジョにとって、それは些細な動作だったかもしれないけれど、僕にとっては不確実だった点と点のつながりがはっきりした瞬間だった。


白銀しろかね 麗華れいか。それが本当の名前だよね? 」


 その質問に麗華れいかは小さく頷くと、「隠してたのがバカみたいです」と自嘲するように微笑んむ。

 そして、ため息のような深呼吸をしてから、全てを話し始めた。


「麗子はちょうど10年前の今日、死にました」

「だから、今日じゃなきゃダメだったんだね」

「心のどこかで、区切りをつけたいと思っていたのかもしれません。でも、そんなことは許されない」


 麗華は喉元で震える声を絞り出すように言葉を紡ぐ。その表情は影がかかったように暗く、後悔や悲しみのようなマイナスの感情ばかりを感じる。


「麗子が死んだのは、私の責任なんです。運動音痴だった私の練習に付き合わせたりしなければ、彼女はまだ生きていたはずなんです」

「白銀さん。いや、麗華のせいじゃないよ。事故が起こるなんてこと、誰にも予想できないんだから」

「いえ、麗子は予知していました。彼女はあの日、家から出ることをすごく拒んだんです。なのに、私が駄々を捏ねたから……」


 人は時に不思議な力を発揮したりする。

 死の間際はやたら時間が長く感じたりするし、通常の反応速度ではありえない動きを体が勝手にする時もある。

 それらは全て、危機的状況にある自分をそこから脱却させようという働きのせいであり、麗子のそれも同じようなものなのだろう。


「彼女はあの時、私が危険な目に遭うことを予知していた。だから車に撥ねられそうになった私を突き飛ばして、身代わりになったんです」

「……」

「私はパニックになりながらも、どこか冷静な部分があったんだと思います。救急車と両親が到着した時、落ちていた麗子の髪留めを見つけました」


 麗華はそう言いながらポケットを探ると、中から半分に割れた髪留めの入った袋を取り出す。


「顔も声も瓜二つ。見た目で見分ける時は髪留めの色で判断されていたんです。私は何故か、自分の髪留めを外し、麗子のものと一緒にポケットへしまいました」

「それは、入れ替わりを決意したから?」

「いえ、その時は自分でも理由はわかりませんでした。それでも警察の人に名前を聞かれた時、躊躇うことなく答えたんです」


白銀シロカネ 麗子レイコ……です』と。

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