第124話

 2年前のある日、ノエルイヴは怯えた様子で帰ってきた。

 気が弱く無口だった彼女は震えたまま何も言えずにいたが、イヴノエルが介抱してようやく単語を発してくれる。


『誰か、ついてくる』


 それがストーカー被害にあった最初の日のことだった。

 それから一週間に一度、3日に1度、やがて毎日のように後をつけられるようになり、家から出られないほど恐怖を刻まれていく。

 このままではノエルイヴの命が危ないと感じたイヴノエルは、密かにストーカーについて調べ始めたのである。

 そして彼女は知ってしまった。

 ノエルイヴを困らせているストーカーの裏に、当時付き合っていた彼氏がいることを。

 話を聞いてみれば、目的はノエルイヴをストーカーから助ける演技をしてみせることで、自分に依存させることだと分かった。

 それが許せなかったイヴノエルは、スマホに録音していたものを警察に突き出してやろうとするが、物音を立ててしまい逃げる前に存在を気づかれてしまう。

 イヴノエルの目的を察した男達は、彼女を人気のない場所へと連れていくと、暴力を振るい、服を脱がせて写真を撮った。


『これをばらまかれたくなければ、言うことを聞け』


 彼女が言われたのは、録音したものを消すことと、金を用意すること。

 どちらもその場では了承したものの、イヴノエルは自分が姿を眩ませれば時間を稼げると考えていた。

しかし、帰宅してノエルイヴの顔を見た彼女は男たちの本当の目的に気が付いてしまう。

 自分とノエルイヴは全く同じ見た目をしている。もしも自分が約束を守らずに写真がばらまかれれば、彼女にまで被害が及んでしまうと。


 ならば、お金を用意しなくてはならない。毎月決められた額を払うには、働かなくてはならなかった。

 以前、スカウトされて断ったアイドル事務所があったことを思い出したイヴノエルは、すぐに連絡してオーディションを受けることに。

 ……が、よく考えてみれば自分がお金を払っても、男たちが言うことを聞いてくれる保証はない。

 もしも、それでもノエルイヴへのストーカー行為が終わらなければ、為す術が無くなってしまう。


 そこでイヴノエルがとった選択こそ、双子間での名前の交換だった。

 ストーカーによって精神が限界を迎えていたノエルイヴにとって、溺愛している彼氏が黒幕だと知ることは、本当の終わりを意味してしまう。

 それなら、好きなだけ怒りをぶつけられる自分が偽の悪役になることで、すべてを知られないまま終わらせようと決めたのだ。


 イヴノエルは事務所の人達に事情を話し、契約最低期間である3年だけでいいから、イヴを金髪姿のノエルとして留めておいて欲しい。明るく笑えるように守ってやって欲しいと頭を下げた。

 スカウトしたイヴノエルと同じ容姿であるノエルイヴが入ってくれることは事務所にとって有益なことであるし、可哀想だと思う気持ちもあったのだろう。

 社長の一声によって、イヴノエルの願いは聞き届けられることとなった。そして……。


「アイドルは元々ストーカーにあいやすいから、事務所の人は対策に慣れてた。ライブの時は送り迎えしてくれるし、1年前からは普段の通学路でノエルが気付かない場所から見守ってくれてる」

「どうして私のためにそこまで……」

「ノエルが頑張ったから、アイドルとしてそれだけする価値があるって認めて貰えたんだよ」


 イヴが「偉かったね」と優しく頭を撫でると、ノエルの目からぽたぽたと水の粒がこぼれ落ちた。

 ずっと恨んできたイヴが、本当は自分の一番の味方だったことを知れたからだろうか。それとも、何も知らずに恨むだけだった自分を悔やんでのことだろうか。


「でも、どうしてあの日から言葉を発さなくなったの?」

「初めの頃、ノエルの給料から少しだけ貰ってたんだけど、要求された金額には足りなかったの」

「もしかして……」

「うん、割のいい夜のバイトを週4でやってた」

「……」


 イヴが言うには、深夜から朝方までだったからお酒の臭いが残ってしまって、バレないように誰とも話さないことにしていたらしい。

 1年前からは事務所が足りない分を出してくれるようになってバイトもやめたものの、自分がそういう無口な人間だと周知されてしまったせいで戻れなかったんだとか。


「イヴ、気づいてあげられなくてごめんなさい……」


 流れる涙の意味は本人さえ理解していないのかもしれない。けれど、今のノエルにとっての恨む対象が変わったことは、誰の目から見ても明らかだった。


「事務所の人が警察に働きかけてくれたおかげで、元彼が捕まるのも時間の問題だって……」

「イヴに酷いことをしたやつなんて、ずっと牢屋に入ってればいいよ!」

「ノエル……」


 抱き合うノエルとイヴに背を向け、瑛斗えいとはそっと部屋を後にする。

 ここから先は2人だけの問題で、自分が干渉することでは無い。そういう考えの元の行動だ。

 彼は玄関で靴を履くと、「お邪魔しました」とだけ呟いて、自宅へと足を向けた。


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 後日聞いた話だけど、ノエルを悩ませていたストーカーと元彼は、別の女の子に対する罪で捕まったらしい。

 まあ、世間的にはその女の子と、が被害者だったということになってるみたいだけどね。

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