第122話

「そう言えば、今日イヴは?」

「先に帰ってると思うよ?」

「そっか、じゃあ2人っきりではないんだね」

「もしかして、期待してたのかな?」

「ううん、全く」

「……そ、そう」


 僕らはそんな会話をしながら帰路を歩む。ノエルはさすがアイドルと言いたくなるほど話をするのが上手い。

 自分から話そうと思わなくても、自然と話を引き出されるような感覚があるんだよね。僕の返事によっては、時々困らせちゃってるみたいだけど。


「ノエルって、イヴと一緒に帰らないんだね」

「まあ……そうかも。私は友達と帰ることが多いけど、イヴはそういうのが得意じゃいみたいだから」

「僕も静かな方が好きだから、イヴの気持ちはわかるかも」

「あっ、じゃあ私が話してるの、迷惑だった……?」


 不安そうに聞いてくる彼女に、「2人の時は話してくれる方が助かる」と答えてあげると、「よかった♪」と微笑んでくれた。

 こういうところは紅葉と大違いだね。彼女もニコッと笑ってくれればいいのに。

 最近、つま先を踏むのがブームみたいだし、僕も避けるのが上手くなってきちゃったくらいだよ。

 今、ワニワ〇パニックをやったら、なかなかいい点取れそうな気がする。


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「意外と綺麗にしてるんだね」


 黄冬樹きふゆぎ家にお邪魔させてもらった僕は、ノエルの部屋に入ってまず一言目にそう呟いた。


「私、こう見えて掃除は得意な方だよ?」

「そうじゃなくて、もっと物があると思ってたから」

「なるほど。アイドル活動で使うものは、事務所に置いてあるから、部屋は基本的に必要最低限のものしかないかな」


 ノエルの言う通り、部屋にあるのは勉強机と本棚、小さい丸テーブルとベッドくらいなもので、余計なものはほとんど無さそうだ。


「男の子の部屋はわざと散らかしてるって友達から聞いたんだけど、本当なのかな?」

「どうだろ、僕には普通の男子の心理は分からないから」

「瑛斗くんの部屋はどうなのかな?」

「人が来る時は全部クローゼットに詰め込んでるかな」

「なるほど……」


 主に猫のぬいぐるみだけどね。最近は紅葉が来たりしてたから、ずっと入りっぱなしになってるよ。そろそろ解放してあげようかな。


「じゃあ、お茶持ってくるね。少し待ってて」

「僕も手伝うよ」


 カバンを置いて部屋を出ようとする彼女を引き留め、前と同じように2人でキッチンへと向かう。

 ノエルが淹れてくれたお茶をお盆に乗せ、それを持って部屋へと戻る。


「ありがとう、瑛斗くんは優しいね」

「1人で待ってるのが退屈そうだと思っただけだよ」

「女の子の部屋でも退屈なの?」

「逆にどうして女の子の部屋なら退屈しないと思ったの?」

「そ、それは……」


 ノエルは動揺したように目を泳がせると、やがて消え入りそうな声で「匂いとか……気にならないのかなって……」と呟いた。


におい?別に気にならないよ」

「そっちの臭いじゃないよ!瑛斗くんは女の子に対して、いい匂いだって思ったことないの?」

「それはないかも。メリ〇トの匂いだって思ったことはあるけど」

「……あ、そうなんだ」


 まあ、悪い匂いだとも思ったことは無いんだけどね。これまで人の匂いなんて気にしたことは無かったけど、ノエルの反応を見るに何か言った方が良かったらしい。

 そう判断した僕は、「ちょっと頭借りるね」と彼女の首の後頭部に手を当てると、体を前のめりにして髪に鼻を近づけた。


「確かにいい匂い。さすがアイドルだね」

「え、瑛斗くん……?」

「ラベンダーの香りってやつかな?」

「口に出されると恥ずかしいよ……」


 顔を離すと、ノエルは真っ赤な顔をして不満そうにこちらを見上げた。怒っている、という訳では無さそうだ。照れているのだろう。

 僕は彼女の前髪を指櫛ゆびくしで綺麗にしてあげてから、一度コホンと咳払いをして話を切りかえた。


「ところでノエル、僕が家に来させてもらった理由はもう分かってるんだよね?」

「……告白の返事、かな」

「そう。テストも終わったし、お互いに今の気持ちをはっきりさせておこうと思って」


 その言葉に息を飲んだ彼女の体が、ほんの少し前のめりになる。この様子を見るに、彼女が僕の返事を待ち望んでいるのは本当なのだろう。

 しかし、それが本当に彼女の意思でやっている事なのかという疑問は、恋愛感情を理解できない僕の中にも常にあった。

 だから、ここからは賭けになる。もしかするとノエルを傷つけることになるかもしれない。

 けれど、僕の中にある疑惑を抱えたまま返事をすることもまた、同じくらい罪な事だと思えた。


「これを受け取って欲しい」


 カバンから取り出したあるものを差し出しながら、僕は彼女にそう言った。

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