第120話

 3日前は帰り道に話しかけてきた。

 2日前は一緒にご飯を食べようと誘われた。

 昨日は僕の家で一緒に勉強しようと言われた。

 そして今は――――――――――。


「ねえ、瑛斗えいとくん?アイドルとか興味無い?」

「無いかな」


 放課後、教室でコンサートのチケットを差し出されているところだ。もちろん、それは彼女自身が所属している『WASSup調子はどう?』のもの。


「ノエル、明日はテストなんだよ?こんなことしてていいの?」

「大丈夫大丈夫!私、成績だけはいいから!」

「他のステータスも高いくせに」

「そんなことないよ〜♪」


 元々はイヴと仲良くしようと思ってたはずなのに、最近はノエルの方が会う機会が多い気がする。

 それも、会うのは僕が暇な時に限ってというのが不思議なのだ。

 この前4人でやった勉強会でも、ここまで気に入られそうなことをした覚えはないし、もしかすると仲良くなったふりをしてカツアゲされるのかもしれない。

 いや、イヴの双子だもんね。そんなことは無いか。

 けど、どう考えても不自然なタイミングだからなぁ。紅葉も居心地が悪そうにしてるし、早く何とかしないとまずかもしれない。


「僕は家から出たくないタイプだから、コンサートとから行かないかな。隣のクラスにファンの人がいたから、その人にあげて」

「そう?じゃあそうしようかな!」


 よし、これで現状は解決したね。さっさと立ち去ってしまおう。


「用事はそれだけだよね。じゃあ、僕たちは帰るから」

「ちょっと待って!」

「まだ用があるの?」

「え、えっと……」


 ノエルは何やら視線をキョロキョロとさせると、深呼吸をした後、意を決したように僕の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。そして。


「一目惚れしちゃいました、私と付き合ってくれませんか?」


 アイドルらしい羽のような優しい声が、耳元で囁かれた。

 さすがの僕でも、これには戸惑ってしまう。だって、出会って数日の女の子から、こんなにも真っ直ぐに想いを伝えられたことなんてなかったから。


「一応の確認なんだけど、それは本気で言ってるんだよね?」

「当たり前だよ、この気持ちに嘘なんてつけない」

「わかった。でも、少し考えさせて。返事はテスト後になると思うけど」

「……」コク


 ノエルは小さく頷くと、そのまま逃げるようには教室を飛び出して行ってしまった。

 その光景を見た紅葉は、目を丸くしながら僕に聞いてくる。


「何を言われたの?」

「僕のことが好きだってさ、びっくりだよ」

「……ああ、なるほど」


 紅葉は顎に手を当てると、数回頷いて小さく舌打ちをした。


「やるわね、あの金髪……」

「友達が取られそうで寂しいの?」

「そ、そういうんじゃないから!」

「安心して、紅葉とはずっと友達でいるから」

「ずっと友達ねぇ……」


 何やら悩ましい表情を見せた紅葉は、少しすると僕の様子を伺うように見上げてくる。やっぱり不安なんだね、心配しなくても一緒にお昼は食べるってのに。


「それで、返事はなんて言うつもりなの?」

「それは悩んでる」

「でもあなた、恋愛禁止なんでしょ?」

「それを言えば、あっちはアイドルだからね。ノエルこそ恋愛禁止のはずだよ」

「それなら答えはノーなんじゃ……」


 紅葉の言葉に僕は首を横に振って見せる。


「僕には恋愛感情が分からないから、人を好きになることは無いよ。でも、その気持ちを知りたいとは思ってるんだ」

「……瑛斗、あなたまさか……」

「すぐに付き合ったりはしないよ。ただ、ノエルがどうして僕を好きになったのかを知りたいだけ。でも――――――――――」

「でも……?」

「その気持ちが大事なものだと分かったら、彼女にとっていい返事を出すかもしれないね」


 僕がそう言うと、紅葉は驚いたように目を見開き、「……だめ」と小さくつ呟いた。


「そうなったら瑛斗は罰を受けちゃうわ。もしかすると、学校を辞めることになるかもしれない。私はそんなの嫌よ」


 彼女は僕の腕を掴み、その力を段々と強くしていく。瞳は滲む涙で太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。


「どっちに転んでも紅葉とはいつでも会えるよ。ちゃんと遊びに行ってあげるから」

「だから、だめだってば。私がまたひとりぼっちになるじゃない……」

「そんな顔、紅葉らしくないよ。もっと自信があって、凛々しくて、可愛い顔で居てよ」

「うっさい……瑛斗が一緒にいてくれるって言ったくせに……嘘つき……」


 紅葉が「バカ、アホ、マヌケ……」と悪口を言う度、堪えきれなくなった涙が床にこぼれ落ちる。

 その姿が弱々しくて、すぐにでも折れてしまいそうなほど細く小さく見えた僕は、気が付くと彼女を優しく抱き寄せていた。


「え、瑛斗……」

「大丈夫、紅葉には僕がいるから。ひとりにはさせないよ」


 自分でもどうしてこんな行動に出たのかは分からない。けれど、泣いている紅葉を見た時に胸の奥がチクリと痛んで、どうしても放っておけなかった。

 彼女がされるがまま抱きしめられてくれているから、きっと間違ったことをしている訳では無いのだろう。

 けれど、その体温から感じる安心感と自分が自分でないようなフワフワした感覚に、僕は戸惑いを覚えずにはいられなかった。


「それに、僕は紅葉にとっていい返事を返すことになると思うよ」

「……どういう意味?」

「それは結果が出てからのお楽しみかな」


 僕はそう言うと、腕の中から紅葉を解放する。泣いたせいだろう、顔が赤くなってしまっている彼女にハンカチを差し出して、ポンポンと少し乱れた前髪を直してあげた。


「あ、ありがと……」

「どういたしまして」

「ハンカチはちゃんと洗って返すわ」

「別にいいよ、その代わり聞きたいことがあるんだけど」

「何かしら」


 首を傾げる紅葉に向かって、僕はこの話が始まった頃から抱いていた疑問を投げかけた。


「どうして僕が『恋愛禁止』だって、紅葉が知ってたの?話したことあったっけ?」

「……あっ」


 その後、前に学園長から聞いたと言われたから信じたふりはしておいたけれど、なんだか怪しかった気がするんだよね。本当のところはどうなんだろ。

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