第117話

 翌日の放課後、紅葉くれはは僕の家で勉強していた。


「まさか、紅葉のお姉さんが家庭教師のバイトをしてたとはね」

「ええ、こう見えて教えるのは上手いのよ?」


 彼女を招いた理由は、単に一緒にやりたかった訳ではなく、大学に通いながら家庭教師もやっている紅葉のお姉さんに、勉強のサポートをお願いしたかったから。

 僕ひとりじゃ、バイトってことになってお金を取ると言われたから仕方なくだよ。1時間で2万円はさすがに払えないし。


「くーちゃん、こう見えてってどういうことかな?せっかく私が瑛斗えいとくんと一緒の時間を作って――――――――――――」

「わーわーっ!余計なこと言わなくていいから!」


 紅葉が慌てたようにお姉さんの口を塞ぐ。その様子を見て、僕は彼女に向かって微笑んだ。


「そんなに僕と一緒にいたかったんだね」

「そ、そういう訳じゃ……」

「隠さなくていいよ。紅葉がそう言ってくれると僕も嬉しいし」

「っ……」


 恥ずかしかったのか、ふいっと顔を背けてしまう紅葉を微笑ましく思っていると、お姉さんが「ところで……」と言いながらこの部屋にいるもう1人の方を見た。


「この子は?」

「……」

「さっきから一言も喋らないし、お姉さんずっと不安だったんだけど……」

「……」


 お姉さんの言う『この子』というのはイヴのこと。僕らは慣れてきたけれど、お姉さんは彼女を見るのは初めてだからね。戸惑うのも無理もないと思う。


「……」ジー

「す、すごい見られてる?! お姉さん、なにか怒らせちゃったのかな……?」

「イヴは無口な子なんです。怒ってる訳じゃなくて、お姉さんに興味を持ってるんだと思いますよ」

「あら、そうなの?」

「……」コクコク


 イヴが頷いたのを見たお姉さんは、「まあ!」と嬉しそうな顔をすると、ぎゅっと彼女を抱きしめた。


「私もイヴちゃんに興味出てきた!よし、2人っきりになれるとこに行こっか♪」

「……?」

「お姉ちゃん、困ってるからやめてあげて」

「ああ!イヴちゃぁん……」


 引きずられるように引き離されるお姉さん。イヴの方は何を言われたのか理解出来ていないみたいだったけど、まあご想像におまかせしておこう。

 とにかく、今は勉強が最優先。お姉さんのそっちの勉強は、暇な時にでも勝手にしておいて頂きたい。


「お姉ちゃん、ここ分からないから教えて」

「ええ、どうして私が?」

「じゃあ、お前はなんのためにいるんや」

「家庭教師だけど……」

「じゃあ教えてよ」

「大丈夫、くーちゃんなら私じゃなくても大丈夫だから」


 あれ、何故かお姉さんからチラチラと視線を感じる。何かを求められてるんだろうか。


「出来れば瑛斗くんが教えてあげて―――――――」

「いいからはよ」

「……はぁい」


 渋々と言った表情で、紅葉の隣へと座るお姉さん。僕も聞きたいところがあったんだけどなぁ、と思いながら再度問題に目を落とそうとすると、トントンと肩を叩かれた。


「……」ジー

「どうかした?」

「……」

「これが分からないの?」

「……」コク


 今はお姉さんの手も空いていないし、見たところ僕にもわかる問題だからね。たまには先生気分を味わってみるのもいいかもしれない。


「教えてあげる、おいで」

「……」コク


 小さく頷いたイヴはトコトコと歩いてくると、ストンと腰を下ろした。これで教える準備は万端だね、そこが僕の膝の上じゃなければ。


「イヴ、僕はイスじゃないよ」

「……」ジー

「そこがいいの?」

「……」コクコク

「仕方ないなぁ。じゃあ、そこでもいいよ」

「……♪」


 体重が軽いからか重さも気にならないくらいだし、左手が使えないこと以外は教えるのに支障もない。

 本人がこれでも勉強できるというのなら、僕がとやかく言う必要も無いかな。


「えっと、どこが分からないんだっけ」

「……」ツンツン

「え、全部?」

「……」コク


 これは――――――――時間がかかりそうだね。

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