第116話

 6時間目が終わると、一旦教室に戻ってSHRショートホームルームを済ませた。と言っても、さようならの挨拶をしただけだけど。

 白銀しろかねさんに「また明日」と告げて、紅葉くれはと一緒に教室を出る。


「そう言えば、6時間目の試験頑張ってねコンサート、必要だったのかな?」

「まあ、喜んでる人もいたみたいだからいいんじゃない?私は不愉快だったけど」

「紅葉はアイドルに興味無さそうだもんね」

「グループより単独のアーティストの方が好き」

「わかる」


 そんな会話をしながら歩いていると、ちょうど校舎の出口にイヴがいるのが見えた。ノエルも一緒にいるらしく、何か話しをしているみたいだ。


「先に帰っててね、私はみんなと勉強会だから」

「……」コク


 小さく頷くイヴに手を振りながら、友人の輪に混ざって帰っていくノエル。その背中を見送る彼女の姿は、僕にはどこか寂しそうに見えた。


「イヴ、さっきぶりだね」

「……」ペコリ

「この人のことも覚えてるかな?」


 お辞儀で挨拶してくれるイヴに紅葉の方を指しながらそう聞くと、彼女は指でお箸を作って何かを食べるジェスチャーをして見せた。


「そうそう、お弁当の人だよ」

「誰がお弁当の人よ」

「じゃあ、お弁当のお姉さん?」

「そういうことを言ってるんじゃないから」


 紅葉はなにか不満があるらしいけど、「まあいいわ」と諦めたようにため息をつく。

 いいなら初めから口を挟まないで欲しいと思ったけれど、それを言ったらまた怒らせちゃいそうだからやめておいた。


「今ひとり?一緒に帰らない?」

「……」ジー


 僕の言葉に返事を迷ったのか、イヴは紅葉の方をじっと見つめる。そう言えば、前も同じように彼女を見つめてたよね。

 きっと、紅葉が気難しい顔をしてるから遠慮したくなっちゃうんだろうなぁ。


「え、私?別に一緒でもいいわよ」

「……」コクコク

「じゃあ、帰ろっか」


 そう言って後者を出ると、イヴもしっかりと僕らの後ろを着いてきてくれる。でも、一緒に帰ってるにしては、何だか少し距離が開き過ぎているような気がした。


「遠慮しなくていいんだよ?」

「……」フリフリ


 近くに来てくれるように言ってみても、首を横に振られてしまうから為す術もない。

 こんな時、強引に近くにこさせちゃうようなコミュ力のある人が居れば良かったのに。とは思うけれど、居たら居たで僕が嫌だからやっぱりいいや。


「そう言えば、イヴの家ってどの辺りにあるの?」

「……」


 僕の言葉に視線を道へと向けた彼女は、一度真っ直ぐを指さしてから手首をクイッと右に向けた。

 要するに、真っ直ぐ行ってから右に曲がったところってことだね。なら、学校と僕の家の中間くらいにあるのかな。


「今度、遊びに行ってもいい?テストが終わってからになるけど」

「……」コク

「紅葉も来るでしょ?」

「へ?いや、私は……」

「あ、来ないんだ。じゃあ、2人でゲームでもしよっか」

「……」コク

「わ、わかったわよ!私も行ってあげるから!」


 はみ出しものにされるのがよほど嫌だったのか、紅葉は慌てたようにそう声を上げる。僕はそんな彼女に「チッチッチッ」と指を振って見せた。


「お邪魔させてもらうんだよ?あげるじゃないでしょ」

「っ……行かせていただきます……?」

「はい、よく出来ました」


 「えらいえらい」と頭を撫でてあげたら、「子供扱いしないでもらえる?!」と手を跳ね除けられてしまった。久しぶりのチャンスだと思ったのになぁ。


「……」ジー

「ん?イヴもして欲しい?」

「……」コク

「いいよ。ほら、よしよし」

「……♪」


 ようやく寄ってきてくれたイヴの頭を撫でると、彼女は無表情ながらもどこか気持ちよさそうに見えた。

 それにしても、紅葉とイヴでは撫でた感触が結構違うんだね。紅葉の方は髪が太めだからゴールデンレトリバーみたいな感じ。

 それに比べてイヴの方はすごくふわふわしていて、チワワを撫でてるみたいな感じだった。まあ、チワワを撫でたことはないけど。


「じゃあ、僕たちはこっちの道だから。また明日ね」

「また明日」

「……」コク


 なでなでが終わると、すぐに次の曲がり角でイヴとは別れることになった。距離はそこまでないみたいだけど人通りはそこそこあるから、また人にぶつかったりしないといいけど。


「それにしても不思議ね。表情は変わってないのに嬉しそうに見えちゃうんだもの」

「紅葉と違って甘え上手なんだね」

「べ、別に甘えたいなんて思ってないからいいのよ!」

「そんなこと言って、撫でられてるイヴを羨ましそうな目で見てたくせに」

「うそ……気付かれて……」

「冗談だよ」

「っ……あなたねぇ!」


 バレたことが恥ずかしいのか、本気で掴みかかってこようとする紅葉。

 僕が彼女に向けて、「紅葉ならいつでも喜んで撫でるよ」と言ってあげたら、「……ふんっ」と顔を逸らされてしまった。


「紅葉、素直になってみたら?」

「あなたに撫でてもらうくらいなら、お姉ちゃんに頼むわよ!」

「じゃあ、お姉さんに撫でないでって頼んでおこうかな。そしたら、僕のところに来る?」

「そ、そんなに撫でたいの?そこまで言うなら……」

「別に」

「……お前は沢〇エリカか」


 何だかよく分からないツッコミをされながら叩かれてしまった。

 定期的に撫で成分を供給できるようになるいい機会だと思ったんだけどね。やっぱり紅葉を素直にさせるには、まだまだ時間がかかりそうだなぁ。


「僕、思ってたんだけどね。紅葉が成績良かったのって、ぼっちだったから他にやることがなくて勉強を――――――――――――」

「ち、違うわよ!」

「じゃあ、今回の勉強はどれくらい進んでるの?」

「…………ゼロ」


 やっぱりか。僕も紅葉とお昼を食べるようになったりして、ぼっちじゃなくなったから勉強時間は減っちゃってるもん。


「紅葉、成績下がったらランク落ちちゃうんじゃない?」

「今までの積み重ねがあるから、1回ミスしたくらいで簡単には落ちないわよ」

「ならいいんだけど。まあ、僕は落ちる心配ないからね」

「……悲しくならない?」

「全く」

「あっそ」


 ランクに支障はないとは言え、成績が落ちるのはまずいはず。僕も紅葉も、ここらで本気を出しておかないとね。

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