第114話

「……」

「美味しかった?」

「……」コク

「そっか、作ってくれた妹も喜ぶと思うよ」


 小さく頷いてくれる銀髪の女の子から、お弁当のフタを受け取りながらそう言うと、隣に座っている紅葉が不思議そうな声色で言った。


「それにしても無表情ね」

「そういう子なんだよ。紅葉だって最初に会った時はずっとムスッとしてたもん」

「し、してないわよ!あれはただ、居心地が悪かっただけで……」

「1人で寂しかったんでしょ?」

「うっさいわね!感謝してるわよ、あなたには!」

「どういたしまして」

「……なんかムカつくのよね」


 僕と紅葉のやり取りを聞いていたのか、女の子がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

 コミュ力に自信の無い僕でも、こういう時にどうすればいいかくらいは分かっているつもりだ。


「そう言えば、名前はなんて言うの?」


 学園デバイスで調べればわかる事だけれど、こういうのが会話の切り口だからね。何気に、僕はまだこの子の声を聞いていないし。

 しかし、どうしても声を発したくはないらしく、先程落としたお弁当箱の裏を見せてきた。そこには『黄冬樹きふゆぎ イヴ』と書かれたシールが貼ってある。


「イヴって言うんだ?いい名前だね」

「……」コク


 早速、会話が途切れてしまった。何とか出来ないかと紅葉の方を見たけれど、彼女には無理だろうと思い直した。

 しかし、僕の考えが伝わったのか、紅葉は「何よ、その使えないものを見るような目は!」と肩をペシペシと叩いてくる。

 彼女は遠慮しないから、何度も叩かれると普通に痛いんだよね。


「イヴ、あなたもやってみなさい。瑛斗は叩かれても怒らないわよ」

「…………」


 紅葉にそそのかされたイヴは、しばらく自分の右手とにらめっこした後、そっと俺の肩に2度触れた。これが彼女なりの『叩く』らしい。


「撫でられたような気がする」

「……撫でられてたわね」

「紅葉と違って、きっと人を傷つけられないんだよ」

「何よ、私だって傷つけてはいないでしょ?!」

「紅葉、人は見えないところから壊れていくものなんだよ」

「あなたの何が壊れたって言うのよ」

「コミュ力」

「それは元々ないでしょうが!」

「紅葉にだけは言われたくない」

「……見えるところもろとも破壊してやろうかしら」


 これ以上からかうと本当に粉砕されそうなので、とりあえず「冗談だよ」と言って宥めておく。

 あまり納得がいってないみたいだったけれど、今はイヴの前だからね。あまり騒ぐのも躊躇われるみたいで、すぐに大人しくなってくれた。


「そういえば僕、今朝も見かけたんだ。イヴはよく人にぶつかるの?」

「……」コク

「俯いて歩いてるから?」

「……」コク

「そっか。その気持ち、ちょっと分かるかも」


 僕も歩いている時に人と目が合ったりすると、少し気まずくなったりするからね。多分、そう思っているのはこちらだけで、相手からすればなんでもないんだろうけど。

 イヴも僕と同じで人付き合いが得意じゃないのだろう。分かり合える部分があるみたいで、ちょっと嬉しい。


「でも、なるべくぶつからないようにはしないとね。お弁当が無くなると困るし」

「……」コク

「今日は楽しかったよ、また一緒に食べようね」

「……」


 イヴは僕の言葉に少し悩んだ、というより遠慮したらしかった。紅葉の方をじっと見つめていたけど、彼女が「私もいいわよ」と言ってくれたおかげで、ようやく小さく頷いた。


「じゃあ、教室に戻ろっか」

「……」

「ん?どうかしたの?」


 弁当箱片手にベンチから立ち上がって校舎の方へ足を向けるのと同時に、突然イヴが僕の右手を握ってきた。

 何事かと思ったけれど、彼女がその手を開いてというアピールをしてくるので、言われた通りにしてみる。

 すると、彼女はピンと立てた細くて長い人差し指で、僕の手のひらをなぞり始めた。


「……」ペコリ

「―――――うん、またね」


 それが終わるとすぐに、イヴは1人で歩いていってしまう。その背中を眺めながら、僕は思わず頬を緩めた。


「……今のは何?」

「口で伝える代わりに、手のひらに文字を書いてくれたんだ」

「なんて書いてたの?」

、だってさ」

「……ふふっ、いい子じゃない」

「僕もそう思うよ」


 どうして頑なに声を出さないのかは分からないけれど、必要最低限の気持ちはちゃんと伝えようとしてくれる。

 それなら、きっと仲良く出来そうだね。


「今度会った時は、怖い顔しないであげてね」

「わ、私がいつそんな顔を……」

「ほら、今も怖い」

「これが私の普通の顔よ!」


 そう言って睨んでくる彼女に、僕は「いやいや」と首を横に振った。


「そんなことないよ、普通の紅葉はもっと可愛らしい顔してるし」

「っ……うっさい。どうせ私はいつもムスッとしてますよーだ!」

「でも、だからこそ紅葉が笑う顔は好きだよ」

「な、なによ急に……」

「レア度高そうだし」

「人の笑顔をゲームのアイテムみたいに言うな」


 また怒らせてしまったのか、紅葉は僕の肩をペシペシと叩いてくる。けれど、先程よりは力が優しくなっている気がした。

 まあ、僕が「紅葉がずっと笑ってたら、それこそ怖いけどね」って言ったら、「……笑顔なき人生にしてやろうかしら」とかかと踏まれたけど。

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