第108話
「あなたは勘違いしていたのよ。『次のターン』が指している対象を」
「あなたは5ターン目を『次のターン』だと思ったのでしょう?だって、まだセットフェイズに入るなんて宣言をしていなかったから」
しかし、紅葉の口にした『次のターン』は確かに6ターン目のことを指していた。
瑛斗もそれを認めているからこそ、わざわざ『白紙カード』であるとわかり切っている手札を目で確認し、ゲームを続行させたのだ。
「それなら、私は反則じゃないですよ!ターンに入っていないのだから、次のターンは5ターン目のことになるはずです!」
「それがそうもいかない理由があるのよ」
「……」
「あら、そんな目で睨まないでもらえる?そもそも、そのミスはあなた自身の行動で確定したのよ?」
麗子が紅葉の思い通りに動くかどうかは不確かだった。しかし、紅葉が『有利権』を使うと宣言したことで、彼女は確かにその行動をとったのだ。
「あなた、既にカードをセットしていたじゃない」
「っ……あれは東條さんが話すからと、カードを机に置いただけで……」
「じゃあ、その後にあなたはカードに触れたかしら」
「そ、それは……」
触れていない。その事実は、この場にいる全員が証人になる。置き直すどころか触れもしなかったのなら、それは『置いた』ではなく『セットした』と判断されてもおかしくない。
そもそも、適当に置いただけで、セットエリアであるカードと同じ大きさの四角の中に綺麗に収まるはずがない。
もしもそれが本当に偶然だったのなら、彼女の敗因はそこで奇跡を使い果たしたことだろう。
「つまり、『次のターン』は6ターン目を指していた。だから、あなたが『ノー』と答えておきながら、白紙カードを交換したことになるのよ」
そう告げると同時に、紅葉は叩きつけるようにして最後に出された2枚のカードを盤上に並べる。
6枚ずつ左右に並べられたカード同士の優劣では、紅葉は完全に負けている。しかし、麗子のルール違反を誘発を試み、それを成功させたことでその勝敗は180度回転したのだ。
「もう言い返す言葉もないでしょう?」
「……そうですね。ゲームに勝って勝負に負けた、とはこのことですか」
それまで悔しそうに顔を歪めていた麗子も、この負けっぷりにはさすがに吹っ切れてしまったのだろう。
むしろ清々しいくらいの微笑みで負けを認めた。
「ですが、最後にひとつ聞かせてください」
「いいわよ、何かしら」
「あのまま引き分けになっても、東條さんは勝ち上がれたはずです。どうしてここまで面倒な方法を取ったんですか?」
彼女の質問に紅葉は少しの間黙り込むと、やがて呟くように答えを口にした。
「この5本勝負であなたよりも勝るためには、あなたに1ポイントも与えるわけにはいかなかった。勝ち上がれば敵は1人増える。刺すなら今しかないと思っただけよ」
「……なるほど。さすがは東條さん、すてみタックルがお上手ですね」
「褒められてる気がしないわ」
紅葉は苦笑いを浮かべると、力が抜けたようにイスに座り直す。そして、机の下でこっそりとピースを作る。
それに気がついた
実のところ、今回紅葉は瑛斗の力を借りなかったと言ったが、僅かに借りたことに値する行為はしていた。
まず、『瑛斗がゲームを続行させた』ということ。あれは瑛斗の独断で行われたことだが、もしも彼が紅葉の意図を読み取ってくれていなければ負けていた。
そして『有利権を決める紙選びを紅葉にさせた』ということ。これは瑛斗が気付いていたからなのか、それとも偶然なのかは分からないが、おかげで紅葉が勝てたことは確かだ。
なぜなら、あの有利権の内容を書いたのは、他でもない紅葉自身なのだから。
観客に配っていた紙をこっそり抜き取った際に、挟んでいた金属のクリップが付い来ていたことを思い出した彼女は、ホワイトボードの隅に付いていた磁石が偶然にもポケットに入っていたことに気付き、それで自分の書いた紙を引き当てたのである。
明らかにルール違反の行為ではあるが、麗子のように判明していないため、瑛斗が告げ口をしない限りは除外されたりしないはずだ。
このピースは2人にとって、互いに秘密を墓まで持っていこうという意味の交信でもあった。
「それにしても、東條さんがここまで勝負強いとは知りませんでした」
「いつもあなたが言ってるじゃない、私はぼっちだって」
「いきなり自虐ですか?」
「違うわよ。私はぼっちだから、一人に
紅葉の言葉に、麗子は「友人関係を大切にしても、負ける時は負けるんですね」とため息をつく。
そんな彼女に対して、「大切なものを持つ強さと、縛られない強さは別物なのよ」と紅葉は言った。
それは、素直になれない彼女なりの励ましの言葉だったのかもしれない。ほんのりと頬が赤らんでいた。
「守りたいものがないって、楽で良さそうですね」
「……バカにしてるわよね?」
「ふふっ、尊敬してるんですよ♪」
「ぐぬぬ……やっぱりその笑顔腹立つ!」
いい雰囲気になりかけていたものの、麗子の一言で紅葉のカルシウム不足が深刻になったらしい。
「喧嘩するほど仲がいいっていうもんね」
瑛斗はそう呟いて、ポケットから取り出したミルク飴を自分の口へと放り込んだ。
幼稚園児の男の子が、「おねーちゃんは、やればできる!」と喜んでいる姿を、その場にいる皆が微笑ましそうに眺めていた。
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