第107話
「なっ?! ど、どうして
「さては……瑛斗さんを買収したのでは……」
「そんなわけないでしょ」
これまでの勝負で優遇してもらっていたことはさておき、今回の勝負で
「まあ、少しずるい手にはなったけれど、審判が認めたのだから正攻法よね」
「……どういう意味ですか」
「説明してあげるわ、あなたを負かせた方法を」
紅葉はそう言うと、自分の使ったカードの束を左手側に、麗子の使ったカードを右手側に置き、一番最初に使ったカードから順番に盤上へ並べていった。
そして、4ターン目に出した自分のカードを手に取ると、それを伏せて麗子に聞く。
「このターン、私が出したカードはなんだったかしら」
「……『白紙カード』ですけど」
「ええ、その通り。何かおかしいと思わなかった?」
そう、紅葉が仕掛けたのはこのターンからだ。初めからこの決着にするために動いていたわけではない。
彼女は麗子の『質問』によって封じられた勝利を、不確実な賭けに出ることで掴み取る覚悟を見せたのである。
「あなたはこう思ったはずよ。『白紙カードを使った今なら、確実に負けない手を出せる』と」
「っ……」
「だけど、気付くべきだったわね。白紙カードを交換する必要が、最後のターンまでなかったという不思議に」
紅葉は言う。もしも、麗子が勝つ気で手札を選んでいたのなら、私の誘導は機能しなかったと。
つまり、白紙カードを出してわざと自分の負けを確実にすることで、勝負から逃げたと思わせること自体が彼女の作戦だったのだ。
本当に逃げているのは、藁でできた家をレンガだと思い込んでいたマヌケな遊戯師だというのに。
「で、でも……それだけでどうして私が負けなんですか?!」
「それだけじゃないわよ。白紙カードはあくまであなたを誘導するための手札。あなたの落ちた穴はその次のターンに仕掛けたわ」
そう言って紅葉は5ターン目のセットカードを並べる。カード自体は、罠を隠すために被せた落葉。麗子が絶対に負けない手であいこにさせることこそが狙いだった。
「この時、私は何と質問したのだったかしら?」
「……」
麗子は答えない。だが、その表情は確かに覚えていると言っていた。
紅葉の質問は『次のターンで白紙カードを交換するか』というもの。このごく単純な一文こそが、白銀 麗子をハメた罠に化けたのだ。
「あのタイミングで質問なんて、いくら使いたかったとしても普通はしないわよ。あなたはこれで2つの違和感を見逃しているわ」
彼女は2本の指を立ててみせると、さらにもう一本追加して口元をニヤリとさせる。
「そして最後。これについては、確かに気付いていたはずよ。『勝利が確定しているのに、ゲームが終わらない』という違和感に」
「そ、それは単に私が交換していなかったからで……」
「あら、交換する必要がなかったのは、誰の誘導だったのかしら?」
「っ……」
言葉が詰まる姿を見て、紅葉は思わず笑い声を上げた。
ついさっきまで価値を確信していた人間が、自分の言葉に追い詰められていく様を見るのは実に愉快だ。
同時に、自分の性格の悪さにも呆れてしまうけれど。
「あなたは『チョキを出せば勝ち』と言っていたから、私の手札を覚えていることは明らかだったわ。あの宣言があったからこそ、本来はあの時点でゲームは終わるはずだった」
それでも、審判の瑛斗がゲームを続行させたのは、紅葉の意図を既に読み取っていたからだろう。こういうのは案外、第三者の方が気付きやすいものだから。
「あなたが私の手札を理解していても尚、あの時点で私が勝つ可能性が残っていた。そういうことよ」
その可能性こそ、麗子が実際に告げられた『反則負け』。そしてこのゲーム特有の反則はおおよそ3通りある。
1つ目が『相手の手札を勝手に覗く』。二つ目が『白紙カードの交換可能回数を超えた交換』。そして最後が―――――――――――。
「あなたは破ったのよ、『質問に対して嘘をついてはいけない』というルールを」
それは紅葉が引いた麗子用のアドバンテージが書かれた紙に書いてあったこと。それは絶対に守らなければならない使用者側の権利で、相手にとっては義務となる。
それを破ったことが判明すれば、一発でゲームから除外されることはルールにも明記されていた。
「でも、あの時私は嘘なんてついていません!」
「ふふっ、確かにあなたの中では嘘じゃなかったかもしれないわね」
「ど、どういうことですか……」
訳が分からないと頭を抱える麗子に、紅葉はようやく真相を告げる。
「あなたは勘違いしていたのよ。『次のターン』が指している対象を」
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