第105話

東條とうじょう 紅葉くれは 勝利数:1】


<<手札>>


・『チョキ』

・『パー』

・『白紙カード』



白銀しろかね 麗子れいこ 勝利数:1】


<<手札>>


・『グー』

・『チョキ』

・『白紙カード』




 紅葉くれはの起こした偶然という名の奇跡によって、『無敵カード』が相殺された次のターン、麗子れいこが捨てとして出した『地雷カード』に対し、紅葉は『グー』を出してポイントを獲得。

 圧倒されるかと思っていた序盤の空気とは打って変わって、その場にいる誰もが紅葉の巻き返しの可能性を感じていた。

 そしてこの4ターン目は、最速で勝利者が確定する可能性のあったターンだ。

 しかし、2人が持っているポイントの合計は2。残りポイントは3。どちらにも勝てる可能性が十二分に残されている局面である。


「白銀 麗子、あなた焦ってきてるんじゃない?」

「……無闇に人の不安を煽ろうとすると、かえって安っぽく見えてしまいますよ?」

「あら、私の心配をしている余裕があるの?それなら、私も気を引き締めなきゃね」


 表情を見る限り、2人の優劣は少し前とは真逆。紅葉が余裕の笑みを浮かべ、麗子は額に汗を滲ませていた。

 手札的にもポイント的にも、2人のどちらが勝つかはまだ予想に難い。しかし、勝負の裏には心理戦が付き物。

 一度停止した車は、最高速度に到達するのにある程度の時間が必要になるように。

 先にマッチポイントになった者よりも、追い上げて来た者の方が、より可能性を見据えられるように。

 一度でも負けを意識した者は、『負けないように』勝負をする。逆に勝利の面影を覗き見た者は、『勝つための』勝負をする。

 真剣勝負の場において、敗北に背中を見せたならば最後、勝利の女神が微笑むことは絶対にない。

 女神が欲するのは欲望への忠実さと勝利への貪欲さだ。彼女が微笑むのは誰かを勝たせるため。それ故に、負けないが故の『無敗』は塵のごとし。

 勝利の女神は、勝ち続けなければならないという枷を嵌められる覚悟のある者にのみ、その微笑を見せるのである。

 要するに、心理的に勢いのある者の方が、勝負の場においては有利なのだ。もちろん、冷静な判断ができるという条件は最低基準であるが。


「私はこれを出すわ!」

「……待ってください」


 だが、前に進む力は横槍に弱い。怯んでいる者にストレートを追い打ちとして放つことを得意とする紅葉に対して、麗子はその面で紅葉よりも長けていた。

 彼女はまだ塞がらない焦りという名の穴を、応急処置のみで一時的に無かったことにすると、すぐさま紅葉の動きを止める。

 彼女は最高のタイミングで思い出したのだ。このゲームにおける、自分の最大のハンデに。


「私、『有利権』を使います」


 ここまで誰も発動しなかったそれを、彼女は使用すると宣言した。瑛斗えいとが一応確認してから、観客から集めた紙の入った箱を2人の元へと運ぶ。


「紅葉に選んでもらうけど、白銀さんもそれでいい?」

「大丈夫ですよ、いいものをお願いしますね♪」

「……これでいいわ」


 紅葉が引っ張り出した1枚の紙。それを開いてみると――――――――――。


『質問権』


 そこにはそう書かれていた。下に小さい文字で『両者のアドバンテージを同じにする』とも書かれてある。

 それはつまり、紅葉側のハンデの内容も『質問権』になるということだ。


「質問する権利ということだから、質問された側は嘘をついちゃいけないって制約もつけておくね」

「ふふっ、さすが瑛斗さんですね」


 麗子はそう言ってクスリと笑うと、「それでは……」と紅葉の出そうとしていたカードを指差した。


東條とうじょうさんが次に出すのは、『パー』ですか?」


 その質問に、紅葉は思わず息を呑んだ。周囲の人間も、優劣の傾きが大きく変化したことに気付いただろう。

 麗子は紅葉に新たな思考時間を与えることで、その余裕を消し飛ばすことに成功したのだ。それに質問内容も的確だった。

 もしも紅葉が『イエス』と答えれば、彼女は『チョキ』を出せばいい。『ノー』と答えたのなら、『グー』を出してこのターンの負けの可能性をゼロにできる。

 しかし、紅葉が出すの答えは確実に後者だ。何を出すかを確定させるなんてことをするはずがないから。

 そしてこちらが絶対に負けない『グー』を出すことは見え見えであるから、彼女は『白紙カード』を変化させてグーを出す。

 そうなれば、あとはあいこになる手を連続で出せば、同ポイント時のルールによって二人共が勝利となる。この作戦が通用するのは、麗子が総合得点で1位だからだ。

 つまり、どんな形であれここを勝ち上がることが出来れば、彼女は今の順位をキープできる。紅葉が深読みをして負けてくれれば、それはそれで儲けもの。

 この作戦は明らかにその場しのぎでしかないものの、負ける可能性さえあるこの局面での最善はそれだと、彼女自身は判断したのである。


「……『ノー』よ」

「ふふっ、知っていましたよ」


 紅葉の言葉に、麗子は密かに口元を歪ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る