第104話

東條とうじょう 紅葉くれは 勝利数:0】


<<手札>>


・『グー』

・『チョキ』

・『パー』

・『白紙カード』

・『無敵カード』



白銀しろかね 麗子れいこ 勝利数:1】


<<手札>>


・『グー』

・『チョキ』

・『白紙カード』

・『無敵カード』

・『地雷カード』



 既に1ポイントを取った麗子れいこは、頭を悩ませる紅葉くれはを見て余裕の笑みを浮かべていた。

 このターンでもポイントを取れば、自分は勝利へリーチをかけることが出来る。

 エンターテインメント的には早すぎるかもしれないけれど、これは列記れっきとした勝負。わざとリールの回転を止めることは、対戦相手への侮辱になってしまう。


 東條さんのことを嫌う気持ちもありますけど、これはスポーツマンシップに則った行為。恨まないでくださいね。


 心の中でそう呟いて、麗子は『無敵カード』をセットした。慎重になっている今の彼女には、ここで無敵を出す勇気が無いと踏んだ上での判断だ。

 コールド勝ちまでの勝利数が決まっているこのゲームにおいて、既にリードされている紅葉にとって、無敵カードでの一勝はそこまで大きなものでは無い。

 なぜなら、彼女が無敵カードで1ポイント取れば、別のターンで麗子も確実に1ポイントを取ることになるから。

 紅葉にとっての最善は、無敵カード同士で相殺し合い、ごく普通のジャンケンに持ち込むこと。それが出来れば、紅葉が3勝以上する可能性もまだ残されていた。

 それを理解しているからこそ、麗子はこのタイミングで無敵を使ったのだ。運ゲーに持ち込まれる前に、勝ちへ向かう気力すら摘み取ってしまうために。


「私もセットしたわ」

「では、オープンフェイズですね」


 にっこりと微笑んで、自分のカードに手を触れる。そして勝利を確信して公開した。

 それと同時に、紅葉は目を見開く。その様を見て、麗子は思わず嗤ってしまった。


「まさかですよね?このタイミングで無敵を出すとは、思いもしなかったでしょう?」

「そうね、全く思わなかったわ」

「…………え?」


 しかし、公開された紅葉のカードを見て、麗子の全身から感情が吸い取られたかのように消えた。


「……思わなかったからこそ、今出したのよ。奇跡って案外起こりうるものなのね」


 無敵が―――――――相殺されてしまったから。


「とりあえず一勝しておこうと思ったのよ。その後でもう一勝されることは確定だったけれど、後の運ゲーで何とかなるかもしれないじゃない?」

「…………そういうことですか」


 麗子は、どうして自分の立てた筋書きが脱線したのかをようやく理解した。

 そもそも、麗子が思っているほど、紅葉は考えてカードを出していない。いや、むしろ1ターン目での『考えすぎ』という失敗を受けて、考えることをやめたと言ってもいい。

 それはどう見ても愚かな選択だった。しかし、その愚かさすら、タイミングさえ合えば最善の手札になりうる。

 人間は時々馬鹿になるくらいがちょうどいい。かつてテレビで評論家のおじさんが言っていた言葉の意味に、麗子は数年越しでようやく頷くことが出来た。


「……それでも、私がリードしていることに変わりはありませんけどね」

「たった1ポイントじゃない、どうとでもなるわ」

「ふふっ、勝負の神様はどちらの味方をするんでしょうか。楽しみです、ね?」

「普段の行いがいい方の味方に決まってるでしょ」

「つまり私の勝ちだと言ってくれるのですね♪」

「私のことに決まってるでしょうが」

「あら、自信も行き過ぎると痛々しいですよ?」

「あなたねぇ……」


 紅葉の手に力が篭もる。しかし、その怒りは彼女自身すら驚くほどすぐに消え、代わりに表情から笑みが零れた。

 それは奇跡を信じた故なのか、それとも勝ち筋を見つけたが故なのかは、他の誰にも分からない。

 ただ一つ言えることは、東條 紅葉がまだ諦めていないということだけだろう。


「いいわ、すぐに証明してみせるから」

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