第103話

「それじゃあ、ゲームを始めるわよ」


 紅葉くれはがそう言うと、席に着いていた他の3人は無言で頷く。みんな真剣な表情だ。

 全員に優勝の確率がある以上、誰も諦めていないということだろう。


「5本勝負最終戦、はじめっ!」


 その宣言と共に、全員がカードを手札に収めた。


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東條とうじょう 紅葉くれはVS白銀しろかね 麗子れいこ


 私は手札を選ぶ振りをしながら、白銀 麗子の様子を伺う。

 このゲームにおいて必要な手札は、物理的に触れることの出来るものだけではない。相手の性格、考え方、癖、記憶の中にある手札からも情報を得て、攻撃を仕掛けてくるタイミングを読まなければならない。

 だからこそリベンジと称して、3人の中で最も接触機会の多かった彼女を相手として選んだのよ。

 彼女は情報を収集するタイプ。それはこれまでの瑛斗を巡って争う中で手に入れた手札。

 ならば、1番初めに無敵や地雷のようなキーカードを置くような行為は絶対にしない。つまり、私が置くべきなのは確実に勝てる『無敵カード』一択!

 そう確信して、私が無敵カードを抜き取るのと同時に、白銀 麗子が口を開いた。


「ゲームの途中ですが、ルールについての質問をしてもいいですか?」

「……いいわよ、何か不明な点でもあったかしら」

「はい、聞き忘れてしまったことがあって」


 白銀 麗子はそう言うと、口元をニヤリとさせた。ほんの一瞬の事だったから、近くにいる私にしか見えなかったのかもしれない。

 けれど、間違いなくそれは、何かを企んでいるような表情だった。


「『白紙カード』は変化させなければ出せませんか?」

「…………出せるには出せるわ。でも、相手が白紙でない限りは確定で敗北するわよ」

「そうですか、それが聞ければ十分です」


 白銀 麗子はそっと微笑んで見せると、迷う素振りも見せずに手札の中から1枚を抜き取って机の上に置いた。

 客観的に見れば、さっきのはただの質問だった。けれど、相手が何を出してくるかについて考えている今の私にとって、あれほど思考を混乱させるものは無い。


 白銀 麗子は何故このタイミングで『白紙カード』について質問したのか。どうしてその直後に出すカードが決まったのか。

 そして、あの微笑みはどういう意味だったのか。


 困惑している時点で相手に踊らされているとわかっていながら、私は頭を悩ませずには居られなかった。

 3度勝利すれば、敗北がありえないこの勝負。運ゲーとも言える初回で勝ち星を上げておくことは、心理的にも実質的にも大きくリードできるからだ。

 逆に、負ければその後の判断にも迷いが生じてしまうだろう。それだけは避けたい。


 わざわざ『白紙カード』の話をして、素直に『白紙カード』を出すような真似は絶対にしない。なぜなら、白紙カードを出した場合は99.9%敗北するのだから。

 ならば、今の質問は私を誘導するための作戦だろう。人は嘘をつく時、相手にその嘘がバレてしまわないよう、かけ離れた内容を口にするものだ。

 つまり、白銀 麗子は白紙から連想されるものでは無い何かを出そうとしている。

 ならば、彼女は私の予想に反して『無敵カード』で1ポイントを取ろうとしているのでは無いだろうか。……いや、そうに違いない。


「お先にセットさせてもらいますね」

「……ふふ、あなたの手の内は見え見えなのよ」


 相手が無敵で来ると分かっている今、自分の選択肢はひとつしかない。

 私は『地雷カード』をセットすると、無意識に上がってしまいそうになる口角を抑えながら、白銀 麗子を見た。


「さあ、オープンフェイズよ。早く開きなさい」


 相手の同意も待たず、さっさと自分の出した『地雷カード』を公開する。それと同時に白銀 麗子の目が見開かれた。

 それを見て勝ったと確信した私。……しかし、次の瞬間、その自信は絶望へと一転する。


「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、東條さん。勝利は逃げませんから……私の、ですが」


 開かれたカードは―――――――――『パー』。


「驚くのも無理はありません。あんな単純な誘導に、まんまと引っかかってくれるくらいですからね」

「ゆ、誘導……?私はその裏をかいて……」

「それ自体が誘導だと、まだ気付かないんですか?」


 白銀 麗子は嘲るような笑みを見せると、私の出した地雷カードを指差しながら言う。


「東條さん、あなたがこのカードを出すと決めたのは、誰の言葉を受けたからですか?」

「っ……」

「ようやく理解したようですね?ふふっ」


 私は白銀 麗子の『質問』を受けて、『地雷カード』を出した。しかし、本来は『無敵カード』を出すつもりだった。

 考えが180度変わったのは、白銀 麗子の作戦に引っかかったということ―――――――――。


「これで私の無敵カードは、本当の無敵になりましたね」

「まだ、そうと決まったわけじゃないわ!」


 可能性は低い。だけれど、こちらにも無敵カードはある。互いをぶつけることが出来れば、あいこまで持ち込めるのだから。


「ふふふ……せいぜい頑張ってくださいね」

「何がなんでも逆転してやるわよ」


 私はカードを握る手に力がこもるのを感じながら、次のフェイズへと進んだ。

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