第100話

 意識を失ってから、そこまで時間は経っていないと思う。僕はゴンッという音で目を覚ました。

 その音は先程も聞いた決着が着いた時の音で、寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げると、白銀しろかねさんが拳を掲げて喜んでいた。

 紅葉くれはの方が台から転げ落ちていて、人工芝の上にうつ伏せで倒れているところを見るに、負けたのは彼女の方だろう。


「私、陸上部だったって言いましたよね?陸上競技って、走るだけじゃないんですよ?」

「ま、まさか……」

「ええ、私の得意種目は砲丸投げですから」

「く、くそぉぉぉぉっ!」


 悔しそうに拳を叩きつける紅葉。僕はまだ少しクラクラする頭を稼働させて彼女に歩み寄ると、そっと背中を撫でながら言った。


「こうなると思ってたよ」


 その一言がトドメになったのか、紅葉は芝の中に顔を埋めてピクリとも動かなくなってしまう。

 自分で選んだ競技でボロ負けしたのだから、ここまで落ち込むのも仕方がないよね。

 でも、協力者としてここで諦めさせるわけにもいかない。


「まだビリ決定戦が残ってるよ」

「……ビリって言うな」

「じゃあ、雑魚決定戦?」

「所詮私は雑魚よ、稚魚よ稚魚」

「そんなこと言ったら、魚に失礼だよ」

「魚より私を気遣ってもらえない?!」


 ガバッと顔を上げて睨みつけてくる彼女に、「ほら、元気になった」と言うと、「……うっさい」とそっぽを向かれてしまった。

 何はともあれ、体を起こす元気は出してもらえたみたいだし、次の勝負でカナには勝ってもらわないと。

 たった1点の差かもしれないけれど、最後の勝負での厳しさが変わってくるからね。


「カナが待ってるよ、早く準備して」

「わかったわよ、やればいいんでしょ」


 ため息をつきながら立ち上がった彼女は、制服についた芝を払い落とすと、勝負の場へと足を向ける。


「紅葉」

「何よ」

「もしもこの勝負に勝てたら、りんごジュースで乾杯ね」

「……自分が飲みたいだけでしょうが」


 紅葉はふいっと振り返りかけた顔を前に戻す。けれど、すぐにまたこちらに半面だけを向けると。


「用意しておいて、乾杯を約束するわ」


 ほんの少しだけ笑顔を見せて、再び台の上へと登った。


「待たせて悪かったわね」

「大丈夫大丈夫!感動的なシーンを見せてもらったからこそ、先輩の倒しがいがあるってもんだよ♪」

「知らないの?アニメじゃ立ち直った後の主人公の勝率は100%なのよ」

「……学園のモブキャラのくせに」

「……大嘘つきのくせに」



 睨み合う2人を眺めながら、僕はボソッと独り言を呟く。


「ツケってできるのかな」


 家に忘れてきた財布を思い浮かべながらも、小さくも勇ましい背中から視線を外すことは無かった。



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「紅葉、どんまい」

「……今はそっとしておいて」


 結局、紅葉はカナに負けてしまった。いい勝負とかではなく、僅かゼロコンマ数秒の速さで。

 演出ポイントがあれば、彼女に入っていると思うんだけどね。設けておけばよかったよ。



 5本勝負4本目終了後途中結果


 1位 白銀しろかね 麗子れいこ ・ ・ ・11点(+3)

 2位 黒木くろき 金糸雀かなりあ・・・9点(+2)

 3位 狭間はざま 奈々なな ・ ・ ・8点(+4)

     東條とうじょう 紅葉くれは・ ・ ・8点(+1)



 紅葉と白銀さんとの差は3点。ビリでも1点が入るため、点差において紅葉が単独で優勝するということは無くなった。

 もちろん、可能性はゼロではない。白銀さんに『有利権』を使われた上で最も点差の開く勝ち方をすれば、紅葉がたった1人の勝者となる。

 しかし、ほぼ不可能と言っていいだろう。この条件における白銀さんは『有利権』を使用した上で戦うことができるけれど、紅葉にはそれが出来ないのだから。


「紅葉。ここまで来たんだから、最後までやろうよ」

「……そうね、せめて張り合ってやるわ」


 ほんの少しだけ落ち込みを払った彼女は、ゆっくりと立ち上がると他の3人のいる方へと向かっていく。そして、最終戦の内容を発表した。


「言っていた通り、最後は拳で戦うわ。この手を見れば、もう内容はわかるわよね」


 紅葉はグッと握った拳を突き上げると、声高らかに宣言する。


「最終戦は『じゃんけん』で決めるわよ!」

「「「……え?」」」


 彼女の言葉に、その場にいた全員が固まった。

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