第99話

 第2試合は紅葉くれはVS白銀しろかねさん。勝った方が決勝に残り、奈々と勝負することになっている。

 見たところ、紅葉はかなり自信があるらしい。あんな細い腕で勝てるとは思えないんだけど。

 まあ、それを言えば白銀さんも同じだもんね。お世辞にも強そうとは言えないから。


「私、こう見えて腕相撲だけは負けたことがないのよ」

東條とうじょうさん、つかぬことをおうかがいしますが……最後に腕相撲をしたのはいつですか?」

「…………」


 白銀さんの質問に、紅葉が固まった。この反応はまさかと思うけれど――――――――――――。


「しょ、小学生の時……」


 やっぱり、ぼっちになる前の話だった。


「ふふっ、腕相撲をしてくれるお友達がいなかったんですね。安心してください、私はあなたの手を握ることを嫌がったりしませんから」

「別にそこまで嫌われてないわよ!」

みなまで言わなくていいんです。私には全部わかっていますから」

「こ、この女……」


 紅葉、またカルシウムが足りてないみたい。いや、これも白銀さんの作戦のうちなのかな?

 勝負において、怒りという感情は冷静さを欠く要因だからね。落ち着いた判断を出来なくなれば、それだけ勝ち筋を失うということに繋がる。

 さすが白銀さん、頭いいなぁ。


「じゃあ、そろそろ始めるよ」


 僕がそう言うと、紅葉と白銀さんは机を挟んで向かい合うように立つ。そして指定の場所に肘をつけ、互いに手を握った。でも。


「なんだか紅葉が不利に見えるね」


 台が高いせいか、2人の腕と机の面が作る三角形が、二等辺じゃなくて紅葉の方に大きく傾いた三角形になってしまっている。


「仕方ないから紅葉、僕の上に乗る?」

「いやよ!そういう趣味だと思われるじゃない!」

「え、違うの?」

「……殴られたい?」


 なんだ、本当に違うらしい。てっきり人を踏むことに快感を覚えるタイプだと思ったんだけどなぁ。

 これじゃあ、小学生の時に組体操のピラミッドで一番下になった時の経験が活かせないよ。

 しかし、このままでは続行は難しいだろう。勝負において、客観的平等性は最も重要な要素のひとつだ。

 後から言い訳やら文句やらを言われることの無い、誰から見てもその勝ち負けが実力の差であったと言えるような勝負こそ、理想の力比べなのだから。

 そんな状況を見兼ねたのか、カナが何かを運んできてくれた。


「こんなこともあろうかと用意しておいたよ〜♪」

「さすがカナだね、ありがとう」


 そう言って受け取ったのは、高さ15cm程の踏み台。これなら白銀さんと高さが合うね。


「これで文句はないね」

「文句なんて一言も言ってないわよ」

「僕じゃ嫌だったんでしょ?」

「嫌というか……逆にあなたはそれでいいの?」

「尻に敷かれるくらいがちょうどいいんだ、僕は」

「……過去に何があったのよ」


 「何も無いよ」と答えたら、「なら哀愁漂わせんな」と怒られてしまった。クエスチョンにアンサーを返しただけなのに、そこまでプンプンしなくてもいいのに。

 「怒ると肌に悪いよ?」と言ったら、踏み台を投げつけられそうになったけど。


「じゃあ、今度こそ始めるよ」


 僕の一言で、2人は再度肘をついて手を握り、真剣な表情で向き合う。そんな横顔を見て、僕はふとデバイスを取り出して写真を1枚パシャリ。

 いいのが撮れたのを確認した後、しんと静まり返った観客席の方へと振り返る。


「この写真、野口英世2枚からで」

「セリにかけてんじゃないわよ!」


 今度こそ、思いっきり踏み台を投げつけられてしまった。後頭部がすごく痛い。紅葉が負けた時のために、応援団にかかった費用を稼いでおこうと思っただけなのになぁ。


「樋口2枚までなら出すぞ!」

「俺は渋沢栄一2枚だ!」

「今はまだ福沢諭吉だろうが!」

「お前ら、五円玉みたいに穴開けたろか?!」


 紅葉、激おこプンプン丸。僕が下敷きになっている踏み台を持ち上げると、今度は観客席に向かって走り出した。

 逃げ惑う観客。追いかける紅葉。笑う幼稚園児たち。そして、止めに入る綿雨わたあめ先生。

 結局、その先生すら踏み台のさびにされてたなぁ。ゴンッと鈍い音が聞こえたけど大丈夫だろうか。


 怒りは判断力を欠くけど、力は増幅させるんだね。その調子で白銀さんにも勝って――――――。


 そんな心の声を最後に、僕の意識は闇へと落ちていった。

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