第96話

「先輩、どうだった?」

「すごく良かったよ」


 僕の返事に小さくガッツポーズをするカナ。お世話に慣れているだけあって、気回し、先読み、手際、どれをとっても(奈々ななはさておき)白銀しろかねさんとの差は明らかだった。


「じゃあ、さっさと1位を発表しちゃお〜♪あー、紅葉くれは先輩がまだだっけ?やる意味あるの〜?」


 強者の余裕と言うやつなのだろう。カナはケラケラと笑いながら、紅葉の鼻先をツンツンと突いている。


「あるわよ!私だってやれば出来るんだから!」

「園児の応援に背中を押される先輩……小さすぎてどっちが園児だか分からないなぁ〜♪」

「……殺意って案外簡単に芽生えるものなのね」


 口元だけニヤリとして目が笑っていない紅葉を何とかなだめ、サイコの世界から勝負へと戻らせる。

 紅葉とカナ、仲がいいのか悪いのか分からないんだよね。2人とも負けず嫌いだから、相性悪いのかなぁ。


「紅葉、落ち着いて。今は勝つために集中するんだよ」

「……そうね、そうするわ」


 一旦、外野の声はシャットダウン。僕と勝負のことだけを見つめさせる。これだけで紅葉は段々と通常運転まで落ち着いてきた。


「始めても大丈夫そう?」

「……ええ」


 彼女のその返事を聞いて、僕はカナへと視線を送る。その意図を察した彼女は小さく頷くと、開始の合図を任されてくれた。


「では、はじめ!」


 5分のタイマーが動き始める。



「そう言えば、お世話って何をすればいいの?」


 それが紅葉の第一声。二言目には「そもそもお世話が競技っておかしくない?!」と、この勝負の根本を揺るがすことを口にしていた。


「僕が喜びそうなことをすればいいんだよ」

「瑛斗が喜ぶこと……?」

「友達なんだから、何か一つくらい思いつかない?」

「……思いつかない」


 これは困った。奈々のようにゲームの本旨を忘れてしまうのも問題だけれど、5分間何をすればいいのかもわからず、ただ突っ立っているだけになるということも、放送事故レベルの案件だ。

 何か、これまでに僕が彼女の前で見せた『喜ぶこと』を思い出してもらわなければ――――――。


「あっ!」

「なにか思い出した?」

「あ、いや……思い出したには思い出したのだけれど……」

「ならそれをしないと。ビリになっちゃうよ?」

「っ……わ、わかったわよ!やればいいんでしょ!」


 紅葉はやけくそとばかりにそう叫ぶと、僕の前にしゃがんで顔を差し出してきた。


「何してるの?」

「え、瑛斗が喜ぶことよ!見ればわかるでしょう?!」

「別に紅葉の顔を見て喜ぶ趣味はないよ」

「ち、違うわよ!」


 紅葉は「どうして分かってくれないのよ」と文句を零すと、自分の頬を指差しながら言う。


「いつも触りたいって言ってたじゃない、触りなさいよ!」

「ああ、そういうこと」


 なるほど、確かにそれは僕が喜ぶことかもしれない。ぷにぷにとした彼女の頬は触り心地がいいからね。

 滅多に触らせてもらえないし、最近も触っていなかったから、そろそろ触りたいと思ってた頃なんだ。


「でも、本当にいいの?」

「な、何今さら躊躇ってるのよ」

「だって、震えてるよ?」

「っ……」


 僕が紅葉の手を握ると、彼女は驚いたように体をビクッと跳ねさせた。夏が迫ってくるこの時期だから、震えの原因が寒さという訳では無いだろう。

 僕にだって分かる。緊張してるんだ、見られていることにも、触れられることにも。


「じゃあ、断られても触るからね」

「あ、ちょ……」


 でも、僕だから知ってる。紅葉が強がってしまう時は、僕の方からグイグイ距離を縮める方が、彼女も心を開きやすくなるということを。

 自分から開けないなら、僕が無理矢理こじ開ける。それくらいしないと本音は聞けないから。


「友達だもんね、僕たち」

「そ、それがどうしたのよ……」

「触られたくらいでそんな顔してたら、こっちまで気を遣っちゃうよ?」


 僕の言葉でようやく気がついたのか、紅葉は赤くなった顔を両手で隠した。


「まだ触り足りないなぁ」

「も、もう無理だから!」

「紅葉、もしかして照れてるの?」

「ちがっ……そうよ!悪い?!」

「ううん、紅葉らしいなと思っただけだよ」


 紅葉は感情がすぐに顔に出る。だから、今どんなことを考えているのか、すごくわかりやすいのだ。

 だからこそ、僕は彼女の気持ちを推し量ることが出来るし、寄り添って慰めることも出来た。

 そんな彼女が照れるというのは、嫌がっている訳では無いことを教えてくれているということで、むしろ素直になれないだけで、内心では喜んでくれているのかもしれない。

 言葉ではなく表情や態度で伝えてくれる紅葉の表現方法が、僕は彼女らしくてすごく好きなのだ。

 だって、ついつい溢れだしてしまうそれに、嘘も偽りも、悪意だって存在していないから。


「ありがとう、紅葉」

「……?」

「お世話、すごく良かったよ」


 そっと髪を撫で下ろす僕の手を、彼女は払いのけようとはしない。ただただそっぽを向いて。


「……どういたしまして」


 仏頂面でそう呟くだけだった。

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