第95話

 参加者は順番に5分間、狭間はざま 瑛斗えいとの世話をする。

 そして、誰が一番いいお世話をしたかを彼が選ぶ。


 カナが説明したルールは、そんな単純なものだった。

 ルールにしっかりと『狭間 瑛斗』と記しておいたのは、2本目の失敗を活かしてのことだろう。

 評価する人間を特定の一人にすることで、僕が使ったずるを封じたのだ。

 彼女はおそらく、僕が紅葉くれはを勝たせようとしていることに気がついているんだね。


「それじゃあ、白銀しろかね先輩からお願いだよ〜♪」

「私が1番手ですか、仕方ないですね」


 白銀さんは深呼吸をしてから、他のみんなから離れ、僕のいる方へと歩み寄ってくる。そして。


「よーい、スタート!」


 開始の合図と共に、グラウンドの中央に置かれた椅子を示し、にっこりと微笑んだ。


「瑛斗さん、こちらへどうぞ」



 5分後。

 お世話されてみた感想は、やっぱり自分で何もしないって気持ちがいいね。

 僕はメイドさんを雇ったりしたら、ダメ人間になっちゃうタイプだって自覚した5分間だったよ。


「次は奈々ちゃんで!」

「どうして私が2番手なのかな?」

「それは、後の方が有利だからだよ。奈々ちゃんだって、勝つためにはそうするよね?」

「……すると思う。じゃあ、紅葉先輩が3番手?」

「ううん。紅葉先輩は最後にするよ」


 予想外の返事に、奈々が「どうして?」と聞き返すと、彼女は口元をにやりとさせて答えた。


「紅葉先輩にお世話なんて出来ないのは明らかだからね。そんな人を見てからなら、その1人前の私はすごくいいお世話に感じるよ〜♪」


 なるほど、つまりは紅葉の印象を下げることで、自分にお世話された記憶を美化する作戦ってことか。さすがはカナ、策士だなぁ。


「カナちゃんにしてはやるね。でも、順番を間違えたんじゃないかな?」

「……どういう意味?」

「ふふ、私がお兄ちゃんの妹だって忘れたの?何をすれば喜ぶかを知り尽くした私のお世話の後じゃ、カナちゃんのお世話なんてしょぼく感じるよ」


 奈々がドンと胸を張ると、奈々派であろう観客たちから歓声が上がる。しかし、カナだって負けていない。


「奈々ちゃんこそ、私にその未来が見えていないとでも思ってるの?」


 彼女は嘲るような笑みを浮かべると、「大丈夫、奈々ちゃんは私に勝てないよ」と挑発的なセリフを口にした。

 睨み合う2人と、その背後で衝突寸前までボルテージの高まった観客たち。

 僕はそれらを少し離れた位置から眺めつつ、「だんだん勝負らしくなってきたね」と後ろ頭をかいた。

 自分が争うのは嫌いだけれど、争っている人を眺めるのはなんだかんだ面白いもんね。


「そこまで言われたら、本気を出すしか無いなぁ。お兄ちゃん、覚悟してね?」

「奈々の本気、楽しみにしてるよ」


 僕はキリッと見つめてくる奈々と視線を交差させながら、これからの展開に心を躍らせていた。



 4分後、思いっきりお世話されていた。僕じゃなくて奈々が。

 あれこれしようとして1分が経過、2分が経った頃の小さな失敗をきっかけに、慌ただしさを見ていられなくなった僕が手を貸してしまい、そこから時間が経つごとにお世話される側とする側の立場が逆転。

 最終的には、奈々が椅子に座り、僕がお茶を飲ませてあげている始末だ。


「はい、終了だよ〜♪」

「……はっ?! わ、私は今まで何を……」


 カナの合図でようやく正気に戻った彼女は、たるんでいた表情筋を引き締めて僕を見上げた。


「私のお世話、よかった?」

「よかったよ、お世話してあげた記憶の方が多いけどね」

「くそぉぉぉぉっ!」


 普段からお世話されている癖が出ちゃったんだろう。奈々は甘えん坊だからなぁ。甘やかしちゃう僕も悪いけれど、やっぱりそろそろ兄離れを促したほうがいいんだろうか。


「ふふっ、私の想定通りですね〜♪」


 カナはこの未来を確かに予想していたらしく、落ち込む奈々のことをケラケラと笑っていた。

 しかし、ある瞬間を境にその表情から笑みが消え、代わりに真剣さが差し込んでくる。ついにお世話マスターの出番というわけだ。


「次は私がお世話するね〜♪」


 現在3位の彼の横を、巻き返しの息吹が吹き抜けた気がした。

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