第93話

 グラウンドに微かに音色の違う、肉や野菜の焼ける音が響いている。

 先程の応援で少し疲れた観客たちはそっと目を閉じ、聴覚をなぶるそれに意識を集中させ、腹を空かせた幼稚園児たちは、揃ってヨダレを垂らしていた。

 グラウンドの中央で、それぞれに与えられた簡易キッチンで調理する4人。確かに、紅葉くれはの言う通り異様な光景だと思う。

 でも、バーベキューか何かだと思えば、こういうのも悪くないよね。食事は目からとはよく言うけれど、耳だけでお腹いっぱいになっちゃいそうだよ。

 ちなみに、どうやってコンロやら調理器具やらを準備したのかを奈々ななに聞いてみたら、「昨日のうちに、叔父さんに頼んでおいたんだよ♪」と言われた。

 あの人も奈々に甘いなぁ。さすが、父さんと同じ血を分け合っているだけあるね。

 おそらく、経費で落としてるんだろうけど。


「お兄ちゃん、完成したよ!」

「私も〜♪」

「完璧なお弁当ですね」


 奈々、カナ、白銀しろかねさんの3人が続いて完成し、机の上にお弁当箱が並べられる。残された紅葉はと言うと、普段とは打って変わって不安そうな目でこちらをチラチラと見ていた。


「で、出来たわ……」


 俯きながら持ってきたお弁当を見てみると、揚げ物は少し端の方が焦げているし、卵焼きも形が綺麗だとは言いづらい。

 他の3人のものと比べても、見た目での評価に差がつくことは明らかだった。


「本当にクック先生を頼らないと、悲惨なことになるんだね」

「うぅ……」


 さすがの紅葉も、これには言い返せないらしい。いつものお弁当はすごく上手に出来ているのに、お手本を見ないだけでこうも変わるとはなぁ。

 おそらく、失敗の原因は調理時間が分からないからだね。見たところ、揚げ物は時間が長すぎで、卵焼きは逆に短すぎたんだと思う。


「でも、匂いはすごくいいと思うよ」

「……ほんと?」

「僕が嘘をつくのが下手だって、よく知ってるでしょ?」

「……ありがと」


 紅葉は少しだけ元気を取り戻すと、お弁当を他の3人のものの隣に並べた。

 ここからは僕の出番だ。紅葉の料理が上手ければ、無理に勝たせることも出来たと思うけれど、こうも初めから差があるとなると、きっと怪しまれてしまう。

 とりあえずは全員のものを食べて評価してみるしかないね。

 僕は奈々→白銀さん→カナ→紅葉の順番で、おかずをひと口ずつ食べていった。一巡目が終われば、もう一度別のおかずを食べて2巡目。

 さすがに4人前は食べれないから、3巡目までで切り上げさせてもらったけれど。


「じゃあ、僕の試食はここまでにしようかな」


 僕の言葉に、4人は両手を合わせて、祈るように目を閉じる。でも、「次の試食に行こう」と口にすると、揃って「えっ?!」と声を漏らした。


「お兄ちゃんが評価するんじゃないの?」

「僕も評価するよ。でも、彼らにも評価して欲しいんだ」


 この時、僕は気がついていた。もしかすると、紅葉を勝たせることが出来るかもしれない。そんな微かな希望に。


「みんな、手伝ってくれるかな?」


 僕が観客席に歩み寄ってそう聞くと、目の前にいる幼稚園児たちはザワザワとし始める。

 そりゃそうだよね、まさか自分たちが指名されるなんて思ってもみなかっただろうから。


「お姉ちゃんたちの料理、すごく美味しいよ」


 その一言がトドメになったのだろう。一人の男の子が横に座っていた先生に向かって「ボクも食べたい!」と訴えたことで、全員が座席から立ち上がった。

 先生は少し悩んだようだったけれど、やがて首を縦に振り、園児たちをグラウンドへと連れてきてくれる。


 そして僕が何も言わなくても、彼らは勝手にお弁当を食べ始めた。

 4人とも大きめのお弁当を作ってくれたおかげで、ちゃんとそれぞれにおかずが行き渡ったらしい。

 園児たちは、口々に感想を零していく。どれもこれもプラスな評価ばかりだけれど、紅葉のお弁当を食べた時、彼らは何かに気がついたような顔をした。


「おいしー!」

「おかーさんのおべんとーとおなじ!」

「たべるのかんたん!」


 他とは違った反応に、作った本人たちは首を傾げていた。けれど、これこそが僕の想定していた未来だ。


「みんな、今は紅葉お姉ちゃんの応援のことは忘れて欲しい。素直にどれが1番美味しかったのか、教えてくれるかな?」


 僕がそう伝えると、彼らはそれぞれが選ぶ一番の人物の周りへと集まっていく。

 幼い彼らにお世辞は使えない。だから、その結果は疑いようのない事実であることは明白だった。

 そして――――――――――――――。


「よかったね、一番だよ」

「……ど、どういうこと?」


 他の3人に大差をつけて、紅葉が1位に躍り出たのだった。

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