第90話
「5本勝負1本目は私の得意分野ですね。種目は『50m走』です」
人工芝のグラウンドには既に白線でレーンが作られてあり、4人はそれぞれのタイミングで位置に着く。
「こう見えて私、陸上部だったんですよ?」
最後にレーンに入った白銀さんが、隣でアキレス腱を伸ばしている
勝負事だからか、どことなく険悪な雰囲気だ。それだけ真剣になっているということでもあるから、司会者(審判ついでに任された)としては盛り上げなくてはならない。
「選手達は続々と位置についていきます。制服での勝負でスカートを気にしているのか、紅葉選手のポーズが少し歪な気がしますね」
「う、うっさい!奈々ちゃんが持ってきてないって言うから、公平性のために着られなかったのよ!」
「後ろ側の観客へのアピールでしょうか。おっと、下着を覗こうとしている人もちらほらいます」
「……殺す、後で絶対殺す!顔覚えたわよ!」
紅葉が怒りの声を上げると、数人の男子生徒が「ヒッ?!」と腰を抜かして逃げていった。さすがは紅葉、きっとS級の覇気みたいなのを放ったんだね。
「では、そろそろ1本目の勝負を始めます」
全員の準備が整ったのを確認して、僕は用意されていたスターターピストルを手に取り、火薬が入っているのを確認して構えた。
「……って、こっちに向けないでもらえる?! 空に向けなさいよ、空に!」
「大丈夫だよ、弾は出ないから。多分」
「出なくても嫌なものは嫌なのよ!ていうか、多分って何?! 出る可能性があるの?!」
「あるわけないでしょ」
「じゃあ言うなや」
どしどしとグラウンドを踏みつけながら、「あなたのせいで集中が切れた」とこちらに近づいてこようとする紅葉。どうやら、今のやり取りに相当ご立腹らしい。
まあ、審判は僕だからね。「失格にしちゃうよ?」と旗をチラつかせたら、大人しく戻ってくれた。すごく不満そうだったけど。
「では、位置について、よーい―――――」
掛け声と同時に、4人の体勢がぐっと低くなる。そして。
「――――――――どんぶり!」
定番だよね、こういうの。1度やって見たい願望があったから、夢が叶ってよかったよ。
そんなスッキリした気分の僕とは裏腹に、転びそうになりながらもなんとか走り出すのを堪えた紅葉と白銀さんは、眉を八の字にしている。
「真面目にやってもらえる?!」
「
「ごめんごめん。これを持つと体が勝手にやってみたくなっちゃうんだ」
「その銃にはムラサメでも封印されてるの?」
「ううん、松岡〇造が眠ってるよ」
「……どういう意味?」
「鳴らされると前に進みたくなる」
紅葉は「おお……」と感心したように頷いた後、「いやいや、騙されないわよ?」と再度真面目にやるよう注意してきた。
僕も好きでやっている訳じゃないんだ、修造に操られてるんだよ。でも、次は操られない気がする。観客の冷たい視線がちょっとだけ痛いし。
「まあ、私は分かってましたけどね。妹ですし、お兄ちゃんのやることはお見通しですよ」
「私も知ってたよ〜♪伊達に中学から付き合ってるわけじゃないもんね!」
僕のどんぶり作戦に引っかからなかった奈々とカナは、引っかかった2人に向かってドヤ顔をしている。
でも、こういうのって分かってても引っかかるべきだと思うんだよね。1人だけわかってましたみたいな雰囲気出してると、周りの日から白い目で見られちゃうし。
賢いのはいい事だけれど、我が妹には正しくバカになる方法を教えておいてあげないといけないらしい。まあ、カナはそのままでいいや。
「ところでカナちゃん。今の『付き合ってる』というのはどうかと思いますよぉ?他の人に、恋愛的な意味だと勘違いされちゃいますよね?」
「な、奈々ちゃん。今のは単なる言葉のあやで……」
「長い付き合いだからって側にいることは許してあげたけど……お兄ちゃんに過剰な接触はしないって約束、忘れちゃったのかな〜?」
カナに詰め寄る奈々の目が笑っていない。口元だけをニヤニヤとさせ、瞳は狩りをする時の
いつもはニコニコしているカナも、その迫力にたじろぎ、腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。
奈々はそんな彼にの耳元に口を寄せると、何かを囁いて元の立ち位置へ戻って行った。
カナの方は何とか立ち上がったものの、目は潤んでいるし、その様子では全力で走れそうには見えない。
「これ、奈々がハンデ権を使ったってことでいいのかな?」
「ダメだよ?! 少しおしゃべりしただけだから!」
「少しおしゃべり、ね」
どう見ても、平和的なおしゃべりの後の反応だとは思えないなぁ。カナは一体何を言われたんだろうか。
我が妹ながら、恐ろしい子だね。
「カナ、始めてもいい?」
「……だ、大丈夫。走れますから」
話し方が男寄りになってるのが少し心配だけれど、これ以上観客を待たせる訳にもいかない。
僕は予定通りスターターピストルを天に向けて掲げると、少し大きめの声で言った。
「位置について、よーい―――――ドン!」
3つの体が、一斉に駆け出した。
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