第77話

 部屋の奥へ行くよう促され、振り返った時には、背後で扉を閉めたお姉さんから、それまでの優しい表情が消えていた。

 紅葉くれはとはあまり似ていないと思っていたけれど、この品定めするような鋭い目を見れば、やっぱり姉妹なんだなと頷ける。


瑛斗えいとくん、くーちゃんと仲良くしてくれているらしいね?」


 後ろ手に鍵をかけて、一切余所見よそみすることなくジリジリと詰め寄ってくるお姉さん。

 彼女はすぐ目の前で足を止めると、僕よりも少しだけ高い背丈から、その大きな瞳で見下ろした。


「あなたはくーちゃんのこと、どう思ってるのかな?お姉さんはそれが聞きたくて、ここに連れてきたの」


 近くで見ても、改めて思う。お姉さんは紅葉とは違う方向ですごく綺麗だ。だからこそ、その顔に張り付いたような無表情が、叩きつけるような圧を放っていた。

 普段はこんなことを滅多に感じない僕でも、少し息苦しさを覚えるほどに。


「紅葉のことをですか?」


 僕は少しの間首を捻っていたけれど、考える必要も無いと再びお姉さんを見つめた。こういう時は、正直に思っていることを言えばいいだけなのだ。


「紅葉はすごくいい子です。最初に声をかけてくれたクラスメイトですし」


 その返事に、お姉さんは「ふーん?」と意味深に頷くと、50cmも無かった距離をさらに詰め、僕の手をガシッと掴んでくる。そして。


「そうよね!くーちゃんはいい子なのよ!」


 先程までとは打って変わって、キラキラと瞳を輝かせていた。まるでテレビのチャンネルを変えたように、別人と話をしている気分だ。


「少しツンツンしたところがあるから理解されにくいけど、本当は真っ直ぐですごく可愛い子なのよね〜♪」

「すごく分かります。最近、ようやく素直になってくれることが増えてきた気がしますし」

「瑛斗くんみたいな友達がいるなら、安心して学校に行かせられるわ」


 紅葉のことになるとコロコロと表情を変える姿を見て、僕は確信した。この人はシスコンだ、と。

 ここに連れてきたのは、2人きりで僕がどんな人物なのかをさぐるためだろう。

 もしも紅葉のそばにいて欲しくない人物だと判断すれば、この家から追い出されたりしていたに違いない。

 そうなると、僕は一応友達として認められたらしい。一見綺麗な大人の女性に見えて本性はシスコンだなんて、何だか奈々を見ているような気分になるなぁ。


「くーちゃんはね、瑛斗くんが転校してくるまで、学校に行くのがつまらなさそうだったの」

「僕には今も楽しそうには見えないですけど」

「そこがあの子のツンなのよ。瑛斗くんの話をする時のくーちゃんは、いつも楽しそうな顔をしているんだもの」


 お姉さんは思い出したようにクスリと笑うと、「試すようなことをしておいてなんだけど、感謝してるのよ」と軽く会釈をした。

 やっぱり、根はすごく優しいお姉さんだ。紅葉への愛情が強すぎるところはあるけれど、そこは家族を大事に思うがゆえなのだろう。

 僕だって奈々ななに彼氏が出来たともなれば、どんな人なのか確認したくはなるだろうし。

 奈々、普段は優等生の皮を被ってるからね。迷惑をかけちゃってたら代わりに謝ってあげないと。それがお兄ちゃんの義務だろうし。


「でも、瑛斗くん……?」


 お姉さんは微笑みのまま僕の頭に手を置くと、優しく撫で下ろしながら言った。


「もしも、あなたがくーちゃんを傷つけるようなことがあれば、私も容赦できないと思うから……気をつけて、ね?」


 春の陽気のように温かい表情と、吹雪のように冷たい声色。年上ということもあって、プレッシャーがすごいけれど、僕はその言葉に応えたくて大きく頷いた。


「安心してください、学校での紅葉の面倒は僕が見ますから」

「私がそばにいてあげられないから、そこは任せるしかないけど……くーちゃんの一番は私だから!取ったら許さないよ〜?」

「肝に銘じておきます」


 僕の返事に、お姉さんは満足そうに頷いた。


「お姉さんとの約束!絶対にくーちゃんに辛い思いをさせないこと!」

「わかりました、紅葉を幸せにします」

「そこまでしてとは言ってないよね?!」

「紅葉の好きなもの、教えてくれませんか?悲しんでる時に作ってあげたいので」

「あなた、まさかくーちゃんのこと好きなの?!」

「好きですよ、友達1号として」

「……あ、そう」


 苦笑いを浮かべながら僕から離れたお姉さんが、「これはくーちゃんも手こずるわけだ」と呟く声が聞こえた。

 手こずっているのはむしろ僕の方だと思うけどね。紅葉ったら、素直になってくれるタイミングが気まぐれすぎるんだもん。

 そう言えば、シェフの気まぐれパスタって、気まぐれと言いながら意外としっかり考えられてたりするよね。気まぐれで評判が良ければ、正式メニューになることもあるらしいし。

 そう、いつかテレビで見た知識を思い出していると、満足したような表情のお姉さんがパン!と手を叩いた。


「お姉さんの面接はこれで終わり!」

「じゃあ、帰ってもいいですか?」

「うん、大丈夫……あ、待って!」


 答えを聞くよりも先にドアに向かって歩き始めていた僕を、お姉さんが声で制止する。振り返ると、彼女は壁にかけられた時計を指さしていた。


「面接をクリアしたら、次は実技のテストかな〜♪」


 その言葉と同時に時計はカチリと言う音を立て、午後3時――――――――おやつの時間を示した。

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