第76話
お盆に乗せたコップを2つ持ってきた
「絶対入ってこないでよ?」
「それはフリかなぁ〜?」
「違うからっ!」
多分、話し相手はお姉さんだろう。こんな風に手を焼いているのが分かると、少し親近感が湧くなぁ。
紅葉は再びお尻で猫を押しつぶすと、僕の前に片方のコップを置いてくれた。
お茶を入れてくると言っていたけれど、入っているのはリンゴジュースだ。気遣ってくれたのかもしれない。
僕がお礼を言うと、彼女は少し照れたように目を逸らして、「お茶が無くなったから、代わりに入れただけよ」と呟くように言った。
本当か嘘かは分からないけれど、それでも僕はもう一度ありがとうと口にする。紅葉の口角が少しだけ上がった気がした。
「ところで、その手に持ってるのは何?」
「あ、これ?お姉ちゃんが邪魔してきたら、これで撃退しようと思ったのよ」
彼女はそう言って、お盆と一緒に持ってきた黒い物体を構えて見せた。どうやら、BB弾を発射するエアガンらしい。
「お姉さんも仲間に入れてあげればいいのに」
「嫌よ。だって、私たちのことを見て、カップルだってからかってくるのよ?」
「紅葉はそういうふうに言われるの、嫌なんだ?」
「え?い、嫌ではないけれど……違ったことを言われるのは納得できないって言うか……」
「それなら、本当のことにしちゃえば納得できるってことだよね?」
「……え?」
僕は目を見開く紅葉の横まで移動すると、右手で彼女の頬を包み込むようにする。僕よりも少し高めの体温が、すっと溶け込むように伝わってきた。
「こ、これって……そういうこと?」
「どういうこと?」
「だ、だから今のは、私への……告白なの?」
色白の肌に赤みが浮かび上がってきて、微かに震える瞳が少し潤んだ。この表情が、一般的に見て『可愛い』ということは、僕にでも分かった。
だからこそ、その期待の込められた視線に首を横に振って見せるのは、さすがに少し胸が痛んだ。
「告白ではないよ、この本の真似をしてみただけ。紅葉の部屋にあったから、好きなのかと思って」
「……へ?」
僕が少女漫画、『初恋カマンベールチーズ』のとあるシーンを見せながら差し出すと、紅葉は無表情のまましばらく固まったあと、スイッチが入ったかのように顔を真っ赤にした。
きっと、こういうのを読んでるってことを知られたのが恥ずかしいんだね。紅葉のいない間に少し読んでみたけれど、予想よりも面白かったから気にすることないと思うけどなぁ。
「そ、それを真似しただけってこと?」
「うん、紅葉が喜ぶかと思って」
「嬉しかったは嬉しかったけれど、人の心を弄ぶのは関心しないわね」
「弄ぶ?紅葉、もしかして本気にしたの?」
「っ……そ、そんなわけないでしょ?!」
彼女は顔の前で手をブンブンと振ると、少し怒ったようにそう言う。その様子を確認して、僕は心の内だけでホッとため息をついた。
「そうだよね。もし本気にしてたなら、責任取ろうかと思ってたんだけどね」
「責任って、どうやって取るつもりだったの?」
「それはやっぱり、飴玉5個で交渉かな」
「……随分と軽く見られてるわね」
「無理なら10個に増やすよ」
「個数の問題じゃないのだけれど?!」
不満そうに睨んでくる彼女に、「今ならなんと、リンゴジュースもお付けして同じ値段」と言うと、「それは私が持ってきたやつでしょうが」とあしらわれてしまった。
「仕方ないなぁ。それなら望み通り、納得できるようにしてくるよ」
「どうやって?」
「決まってるでしょ?間違ったことを言わないようにしてもらいに行くんだよ」
「それってまさか……」
その言葉に、僕は大きく頷きながら立ち上がる。どうやら彼女もこの考えを理解してくれたらしい。
「紅葉のお姉さんに、直接間違いだって伝えに行く」
「それだけはやめてもらえる?!」
「どうして?」
「そんなことしたら、余計にからかわれるだけだからよ!」
紅葉は僕の服を必死に引っ張ってきたけれど、それでは止めきれないと判断したのだろう。扉の前に移動すると、エアガンの銃口を僕の方に向けて構えた。
「どうしてもというのなら、私を倒してから行きなさい!」
「紅葉、そんなセリフ言って恥ずかしくないの?」
「う、うっさい!あなたをお姉ちゃんに会わせたあとの方が恥ずかしいから、それを止めるためならなんてことな―――――――――――」
ガンッ
「くーちゃんがお姉ちゃんを呼ぶ声が聞こえ……って、倒れてる?!」
紅葉は僕を部屋から出さないようにしていたけれど、逆にお姉さんの方が部屋に来てしまった。呼ばれたと勘違いして勢いよく入ってきたお姉さんは、扉で紅葉の後頭部を殴打。
何とか床に頭を打たないようにと受け止めはできたけれど、白目を向いているし、この様子だとしばらくは目覚めないかもしれない。
僕はお姉さんと一緒に彼女をベッドの上に寝かせると、優しく布団をかけてから静かに部屋を出た。
「紅葉が寝てるので、僕は帰りますね」
「……
「僕はないです」
「100%のリンゴジュース、用意してるけど?」
「聞かせてください、その話」
階段に向けていた足をお姉さんの方へと戻すと、彼女はクスクスと小さく笑ってから、「私の部屋でね?」と手招きをする。
僕は100%リンゴジュースに心踊らせながら、お姉さんの開いてくれた扉の中へと入った。
―――――いや、入ってしまった。これからまさか、綺麗なお姉さんの本性を見ることになるとも知らずに。
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