第75話
「い、いらっしゃい……」
「失礼するね」
紅葉に案内されて、二階の部屋までやってきた。
先に入った彼女に続いて足を踏み入れると、廊下とは空気が変わったのを肌で感じる。ほのかに甘い香りがしたのだ。
香りの正体は、部屋の一角にある化粧品の方からなのか、机の上にあるファ〇リーズのものなのか、はたまた紅葉自身が使い続けて壁やカーペットに染み付いたものなのかは分からないけれど、どことなく僕の好きな匂いだと思った。
促されるまま、可愛らしいクマの形をしたクッションに腰掛けると、紅葉は猫の形をしたクッションの上に腰を下ろした。少し可哀想な気もするけど、クッションの運命だから仕方ないよね。
「な、何かおかしなところでもある?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「だって、ずっと部屋を見渡してるから……」
紅葉は僕に向かって躊躇いがちな視線をチラチラと送ってから、不安そうに俯いてしまった。どうやら勘違いさせてしまったらしい。
「おかしくないよ。高校生の女の子の部屋なんて初めてで、すごいなって思ってただけだから」
「は、初めて?そ、そうなの……」
紅葉はブツブツと何かを呟くと、「……わ、私も男の子を呼ぶのは初めてよ?」とはにかむように笑って肩をすくめた。
「男の子を?じゃあ、女の子を呼んだことはあるの?」
「……無いわよ。べ、別に見栄を張ったわけじゃないから!あなたの言い方に――――――――――」
「嬉しいよ、紅葉の初めてになれて。ありがとう」
「っ……ど、どういたしまして……?」
驚いた表情を見せつつも、言葉を返してくれる紅葉。そんな彼女を見ていると、僕は無意識なのか意識的なのかも分からないくらい、自然とその頭に手を伸ばしていた。
けれど、彼女のサラサラの髪に触れる前に、「何しようとしてるのよ!」と怒りながら、手首を掴まれて止められてしまう。
「撫でたくなっちゃった」
「私はペットじゃないのよ?!」
「撫でられるの嫌いなの?」
「き、嫌いではないけれど……」
「じゃあ、いいよね」
「だ、ダメだって言ってるでしょう?!」
紅葉はペチペチと手を払って頭を守っていたものの、やがて間に合わなくなって守備を崩されてしまい、「んぅぅ……」と声を漏らしながら僕に撫でられることとなった。
顔はすごく不満そうに見えるけれど、これ以上抵抗しないところを見るに、満更でもないってところなのかな?
「ほら、ここを撫でられると気持ちいいでしょ?」
「気持ちいいというより……くすぐったいわね」
「でも、案外悪くないと」
「……私の心を読まないでもらえる?」
一度撫でられたことで吹っ切れたのか、首をこちょこちょとしても、時折首をすぼめるくらいで特に嫌がる様子はなかった。
どんな凶暴なペットでも、紳士に向き合い続ければいつかは心を開いてくれる。この言葉を信じてよかったよ。
「はい、これで終わりね」
気持ちよさそうな紅葉を見ているのも悪くないけれど、ずっとこればかりしていると僕の指が悲鳴をあげそうなので、ここらで中断しておく。
紅葉が一瞬物足りなそうな顔をしたから、「そんなにして欲しいの?」と聞くと、「違うから!勘違いしないでもらえる?!」と怒られてしまった。
「して欲しいなら、そう言ってくれた方が僕も嬉しいんだけどなぁ」
「っ……い、言わないわよ?」
「わざわざそれを口にするってことは、本当はもっとして欲しいんだ?」
「ち、ちがっ……うぅ……」
「顔赤いよ?暑いならクーラーつけようか?」
「つけなくていいから!」
紅葉は勢いよく立ち上がると、「お茶を入れてくるから!」と早足で部屋出ていってしまう。
少し怒っているみたいだったけれど、なにか悪いことしちゃったのかなぁ。心当たりはないけど、帰ってきたらとりあえず謝っておこう。
僕は、先程まで紅葉が座っていたことでぺしゃんこになった猫のクッションを眺めながら、ポケットに入っていた飴を取り出して机の上に置いた。
「これで許してくれればいいんだけど」
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