第73話
「……むふふ♪」
夜、自室で机に向かいながら、デバイスに保存された画像を見ながらニヤケてしまい、慌てて周囲を見回した。
お姉ちゃんは侵入してきていないらしい。よかった、こんな表情を見られていたら、2週間はそれをネタにいじられ続けることになってしまうから。それだけは勘弁して欲しい。
「……うへへ♪」
デバイスに目線を戻して、再度
脅し材料は多い方がいいと、無理矢理色々着せてみたのだけれど、どれもこれも似合いすぎて、正直鼻血が出そうになった。
私がアニメ好きということもあるのだろうけれど、1年生からS級認定されるだけあって、顔立ちが良すぎるのよね。
問い詰めてみたところ、隠されていたステータスの項目は『オタク度』だったらしいし、あの容姿で気遣いもできるなんて、モテないはずがないわ……。
「私が男だったら、告白しちゃってるわよ……あれ?なにかおかしいような……」
そう言えば彼は男だったなぁ、と違和感の正体に納得しつつ、机からベッドに移動しようと振り返ったところで、私は「ヒッ」と声を漏らした。
ベッドの下から、白い手が出てきていたのだ。けれど、その恐怖はすぐに驚きへと変換される。
「って、お姉ちゃん?! そんなところで何してるのよ!」
白い手に繋がっている体についた頭が、自分の姉だったのだから。彼女はバレないように出てきているつもりだったらしく、目が合うと「下界へ帰りまーす」と言ってベッドの下へと戻っていった。
もちろん、そのまま放置しておく訳にも行かず、腕を掴んで引っ張ってみたものの、するりと滑って残ったのは手についた白い粉だけ。
「ふっふっふっ……こうなることを想定して、引きずり出されないように、手に滑りやすくなる薄力粉をつけておいたのだ!」
「そのための白い手?!」
てっきりお化けの仮装でもしているのかと思ったけれど、確かにそれなら肘までしか白くなっていない理由も納得……って、そういう事じゃなくて!!
「どうしてそこにいるのよ!」
「くーちゃんの私生活に密着しようかと……」
「普段から嫌という程密着されてますけど?!」
「私にもまだまだ知らないくーちゃんがいるはずなのよ!例えば、ひとりエッ――――――――」
「わーっわーっ!それ以上言ったら許さないから!」
放送禁止用語を口にしようとする姉を止めようと、私はベッドの下目掛けて反射的にデバイスを投げつけた。
直撃はしなかったものの、床で跳ねたデバイスの角がおでこに当たり、彼女は「ふしゅぅ……」と息を漏らしながらうつ伏せに倒れる。
その隙に、なんとかベッドの下から引きずり出し、適当にゴロンと転がす。デバイスはしっかりと回収しておいた。
「ううっ……ここは?私は誰?」
「さっきまでのこと、忘れたとは言わせないけど?」
「お、落ち着いて!お姉ちゃんを虐めないでぇ!」
「……セリフの割に嬉しそうなのはどうしてなのよ」
「新しい彼氏がこういうの好きだから……えへっ♪」
「き、聞きたくなかった……」
身内のそういう事情は、聞いても少し気まずくなるだけだ。それにしても、新しい彼氏が出来たのは数日前の話だったはず……我が姉ながら、手が早すぎるわね。
「くーちゃん、それにしても怒りすぎじゃない?お肌に悪いよ〜?」
「当たり前でしょう?!妹に対してひとりエッ……あ、あんなことを言おうとしたんだから!」
「そんなにいけないことなの?ひとりエッグファイトするのって」
「……ん?エッグファイト?」
「知らない?腐った卵を投げ合う競技」
「知らない……っていうか、そっち?」
私の頬を楽しそうに引っ張ったり突いたりしていた姉は、その言葉を聞いてニヤリと口元を歪めた。明らかに悪いことを企んだ時の顔だ。
「そっちって、くーちゃんは一体何を想像してたのかなぁ?」
「っ……なんでもないから……」
「隠さなくてもいいんだよ〜?何なら、お姉ちゃんが手伝ってあげよっか?」
「っ〜〜〜〜?!」
スッと服の中に滑り込ませた手で脇腹を撫でられ、体が勝手にビクンと跳ねる。右耳に息を吹きかけられて、抵抗しようにも手足に力が入らなかった。
「ふふっ、ウ・ソ♪」
「ふぇっ?!」
無抵抗の私は、艶かしい声で呟いた姉に軽々と投げられ、ベッドの上にダイブする。柔らかいとはいえ、鼻の先が痛い……。
「じゃあ、お姉ちゃんは部屋で彼氏と電話してきまーす♪」
「自慢げに言うなっ!出ていって二度と入ってこないで!」
ベッドから飛び降りると、彼女の背中を力任せに押して部屋から追い出し、勢いよく扉を閉めた。それでも、声だけははっきり聞こえてくる。
『そうそう、さっきの写真の子、男の子でしょ?』
「っ……ち、違うけど?」
『あれ〜?男の娘検定一級の私が見間違うはずないんだけどなぁ……』
「そんな検定、どこにもないわよ」
『様々な男の娘を見てきた私なら、それくらいのレベルはあるはずってこと♪』
姉は最後に「おかしいなぁ」と呟いて、部屋の前から去っていった。その足音が聞こえなくなったのを確かめて、私はその場に崩れ落ちる。
まさか、あの一瞬で黒木 金糸雀の正体がバレるとは思ってもみなかった。彼と別れ際に『他の誰にも言わない』という約束をしている以上、姉にだってバレるわけにはいかないのに……。
私の姉は口が軽いから、女装していることを知ったら、絶対に友達に言いふらす。姉の友達には、春愁学園高校に通う弟がいる人もいるから、そのルートで広まらないとも言いきれないのだ。
「とにかく、誤魔化せたみたいでよかっ―――――――――ごふっ?!」
ほっと胸を撫で下ろそうとしたところで、勢いよく開いた扉が私のおでこに直撃してきた。もちろん、開けたのは姉だ。
「言い忘れてたんだけど……って、そんなところで何してるの?」
「お、お姉ちゃんが急に開けるから……ううっ……」
「ああ、ごめんね?ほら、痛いの飛んでけー」
「省略した上に棒読み?!」
「痛みなんて、唾かけとけば治る!」
「いや、ストイックすぎない?!」
こんな性格だったっけ?と首を傾げて、姉の手に通話中のスマホが握られているのに気がついた。どうやら急いでいるらしい。
『まだ〜?』
「あ、ごめんね〜?もう少し待ってくれる?」
『あと少しだけだからな〜』
男の声……おそらく彼氏だろう。話し方からして、私が嫌いなタイプのチャラチャラした人だと思う。
「言い忘れたことっていうのは、他の子の事見てたら、瑛斗君に愛想つかされちゃうよってこと♪」
「そ、そんなこと言うために戻ってきたの?」
「うん♪妹の恋路のためだからね!」
「こ、恋じゃないから!」
「あ、もしもし?もう終わったよ〜♪」
「勝手に終わらせるなぁぁっ!」
楽しそうに通話をしながら、自室へと戻っていく姉に、私は思わずため息を零した。優しいけれど、いつもお節介でお調子者の姉には、いつも体力を吸い取られている……。
『さっきの声、妹ちゃん?今度紹介してよ〜』
「えー、ダメだよ♪あの子には好きな子がいるんだから〜」
『ケチだなぁ……』
「だから、私で我慢して?」
『……まあ、お前以上の彼女はいないもんな』
「ふふっ、ありがと〜♪」
いつも優しくてお調子者で、恋多き姉には、彼氏ができる度に、いつも精神をすり減らされている。……今度はいつまで持つのだろうか、と。
「今回もそろそろ終わりね……」
悪い男に騙されやすい性格、そろそろ直して欲しい。別れる度に愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しいわよ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます