第72話
私は、
そう言えば、自分がここに入ってきた時に、彼があの辺を漁っていた気がする。それに、調べによれば文芸部の部員は一人っきりらしかった。
つまり、この場所にあるプライベートなものは彼自身の所有物になるのよね。
「ところで、それは何かしら?」
「っ……こ、これは……」
今の今までニコニコとしていた黒木 金糸雀の表情から、明らかに血の気が引いた。
コソコソと黒い布を被せたりなんてしていたから、見られたくないものなのだろうとは思っていたけれど、もしかするとこれは使えるかもしれない。
そう確信した私の顔は、きっと悪い笑顔を浮かべていただろう。後輩をいじめて楽しむなんて、我ながら褒められることではないと思うけれど、初めに先輩の強さってものを教えておかないといけないわよね。
これは教育よ、教育。決して私の性格が歪んだとか、そういうことじゃないから……。
自分に言い聞かせるように、心の中で何度もその言葉を繰り返してから、必死に止めようとする彼の脇下を潜り抜けてケースの蓋を開けた。
「あら」
「っ……」
思った通り、コスプレ衣装だ。それも、最近大人にも子供にも人気な魔法少女系のアニメのやつらしい。実は私も密かに好んでいたりする。
衣装を持ち上げて見ると、思っていたよりも重かった。なかなか精巧に作られているらしい。
「も、もういいじゃないですか……!」
「私はまだ満足してないわよ?そこで大人しくしてなさい」
ペちっとデコピンをすれば、黒木 金糸雀は捨てられた子犬のようにしゅんとその場にうずくまった。
その間に背中側や中の素材を触って確かめてみる。こんなにも作品に忠実なものを作るには、相当な費用がかかったに違いない。きっと、高校生の趣味の
それを肌で確かめれば確かめるほど、これから自分がしようとしていることに心が踊った。させられる側からすれば、たまったもんじゃないでしょうけど。
「ねえ、黒木さん。こんなものを学校に持ってきていいと思ってるの?」
「そ、それは……」
「ダメよね?女装は許されても、コスプレは学校に関係がないものだものね?」
「……はい」
我ながら、やっぱり性格が悪いのかもしれない。瑛斗に勘違いさせられ続けて、ストレスでも溜まってしまったのだろうか。
つい先程まで自分よりも優位にいたはずの彼が、自分の言葉に怯えることしか出来ない様を見ていると、ニヤけが収まってくれないのだから。
なにも、意地悪をしたくてしているわけじゃない。自分が彼に勝つための材料を手に入れるために、仕方なくこうしているだけだ。
「今から、先生に言いに行こうかしら」
「そ、それだけは……!」
「それなら言うこと聞けるわよね?」
「っ……」
そう、仕方なくデバイスのカメラを起動して、仕方なくレンズを彼に向けているだけ。そこに私の欲求はミリも入り込んでいない……はずだ。
「聞けるわよ、ね?」
「ひゃ、ひゃい……」
「いい子ね。なら、これに着替えなさい」
1番上でケースからはみ出していた衣装を黒木さんに差し出し、「早く」と視線で促す。すると、もう目に力を込めてもいないのに、彼は慌てて服を脱ぎ始めた。
いそいそと目の前で上半身をさらけ出されたところで、そこにいるのが異性だったことを思い出す。
顔だけ見ると女の子にしか見えないせいで、うっかり忘れてしまいそうになるのだ。
私は頬の辺りが熱くなるのを感じつつ、それをそっと隠しながら、着替えを見ないようにと彼に背中を向けた。
それから数分後、「お、終わりました……」という声で振り返ってみると、そこにいたのは、漆黒のヒラヒラしたドレスに、金色の薔薇が一輪だけあしらわれた衣装を纏った黒木 金糸雀だった。
まるで、アニメの中から飛び出してきたのかと完成度で、その姿に思わず「おお……」と感嘆の声を漏らしてしまったくらいだ。
「ほら!決めゼリフがあるでしょ?言うのよ!」
「えっ……それは……」
「早く!」
「うう……や、闇夜に抱かれし――――――――」
「それは魔法少女の決めゼリフでしょう?黒木さん自身の決めゼリフが欲しいのよ!」
我ながら無茶ぶりだと思った。それでも、意外なことに黒木 金糸雀はその無理難題に立ち向かってくれたのだ。
「く、
ピシッと指先まで伸ばされた決めポーズ。やる気を出したと言うより、やけくそになったと言った方が正しそうだ。
私はそんな彼に向けていたデバイスを下ろすと、「もう満足したわ、ありがとう」と微笑みかける。
「と、撮らないんですか?」
黒木さんは、私の顔を見ながらポカンとしていた。写真を撮られると思っていたのだろう。そして今、それをばらまかれる危険性にまで考えを巡らせている。
「ええ、写真を撮るなんてことしないわよ」
「せ、先輩……」
黒木さんはどこかほっとしたような表情を見せた。いくら打ち解け始めたと言っても、警戒心は抱え続けていたらしい。
けれど、やっぱり1年生と2年生の差は大きいらしいわね。彼には、私ほど人を欺く力がないみたいだから。
私は心の中で嗤うと、デバイスをくるりと回転させて画面を見せた。その瞬間、黒木さんは口を開けたまま固まってしまう。
「写真より、動画の方がバズるでしょ?」
「…………」
ふふっ、これで驚異ではなくなったと言っても過言ではないわね。私は小さくガッツポーズをしてから、ポケットの中へデバイスをしまった。
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