第71話

 ゆっくりと首を横に振った金糸雀かなりあは、あえて紅葉から目線をそらすと、呟くように話し始めた。


瑛斗えいと先輩は、ボクが所属していた中学の時の文芸部の先輩でした。初めは変な人だと思っていましたが、部活に来てくれるのが先輩だけになってから、だんだん本当の性格みたいなのがわかってきて……」


 紅葉くれはは彼の言葉の合間に、うんうんと相槌を打った。特に、『本当の性格がわかってきた』という部分で。


「でも、2人っきりの時間が長くなると、お互いを理解しやすくなりますよね。秘密を抱えていたボクにとって、それは嬉しい事ながら恐ろしいことでもありました」

「……秘密っていうのは、女装のこと?」

「はい。怪しまれないように努力はしました、それでもバレてしまったんです」


 紅葉は思わず「えっ」という声を漏らした。まさか、瑛斗が金糸雀の秘密を既に知っているとは思わなかったから。

 お世話されていた彼の動きに、おかしな所は特になかったはず。それほどまでに自然体でいたのだ。

 つまり、男でありながら女装している金糸雀のことを、瑛斗が受け入れているということ。


「それでも瑛斗先輩はボクを受け入れてくれました。ボクはそれがすごく嬉しかった……」

「瑛斗もなかなかいいところがあるのね。可愛い後輩を笑顔にしてあげれるなんて」

「先輩はすごくいい人です。近づいてみないと分からないのが、ちょっと惜しいですけど」

「それ、すごくわかるわ」


 もしも敵になるのなら、男であると教えて……なんてことを一瞬考えたけれど、把握済みならそれも切り札にはなり得ないだろう。

 それに、そんな手段は卑怯すぎる。瑛斗のことを話す時のキラキラした彼の瞳を見れば、言葉の一片にさえ嘘偽りがないことは、紅葉にも分かった。

 『異性に興味が無い』という瑛斗のステータスを考えれば、自分も金糸雀も立っている土俵は同じ……いや、むしろ男であり、中学からの知り合いでもある彼の方が有利かもしれない。

 彼女はそこまで考えてしまった。


「それに、先輩は大勢の前で言ってくれたんです。『僕の彼女だから』って」

「っ……ほ、本当なの?」


 金糸雀が頷くと、紅葉はたじろいだ。元カノだと聞いてはいたものの、改めて1対1の状況で言葉をぶつけられると、胸に来るものがある。

 だが、何度か頭の中でセリフを再生していると、紅葉はなにか引っかかるものがあるのに気がついた。


「……それって、どんなシチュエーションで言われたの?」

「シチュエーションですか?確か……ボクがナンパされた時に、大きな男の人達を追い払う時ですね」

「…………はぁ」


 思わずため息が零れる。まさかとは思ったけれど、本当にその通りだとは思わなかった。

 瑛斗には似合わない『自分の彼女宣言』が、ナンパを追い払うための嘘だったなんて……。


「あなた、それって……」

「分かってます、自分でも。ボクを助けるための嘘だったとしても、馬鹿になって信じたいんです」


――――――瑛斗先輩のこと、本気ですから。


 その言葉を聞いて、紅葉は金糸雀を見つめたまま固まる。けれど、しばらくして一度閉じた口から出てきたのは、彼を否定するような言葉ではなかった。


「……恋心に関しては、1人前に乙女ってことね。わかったわ、私はあなたを『ライバル』として認めてあげる」


 敵ではなく、ライバル。そう言ったのは、紅葉にとって金糸雀は、麗子れいことのように嫌い合って互いの正しさを証明しようとしている訳では無いから。

 純粋に瑛斗を落とすという勝負ができる、そういう相手だからだ。


「ありがとうございます!」

「ふふっ。瑛斗に関係の無いことなら、先輩として頼ってくれてもいいわよ?」

「本当ですか?じゃ、じゃあ、勉強を教えてもらっても……」

「朝飯前よ」


 紅葉はこの日、初めて誰かと図書室で勉強をする約束をした。友達のいなかった彼女にとって、後輩に勉強を教えるなんてことは無縁そのもの。

 約束の日のことを考えると、頬の緩みを隠すのすら大変なくらいだった。

 ……しかし、それと瑛斗の話とは別だ。目の前に自分が有利になれそうな要素があったなら、紅葉はすぐさまそれを使うだろう。


 例えば、まさに今、金糸雀の背後にある黒い布を掛けられたケースから、ちらりとはみ出ているコスプレ衣装……とか。

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