第70話

「またね、カナちゃん」

「今度はうちに泊まりに来てよ?」

「カナはいつも用事があるって断るからなぁ。もしかして彼氏かぁ?」

「彼氏なんかじゃないから!ふふ、またね〜♪」


 私、黒木くろき 金糸雀かなりあは、「あれは絶対彼氏だな」「やっぱり?いいなぁ〜」という声を背中に受けながら、カバンを肩にかけて教室を出た。

 あの3人は、私がS級でも気兼ねせずに話しかけてくれた、本当の友達と言っていい人達。

 だから、明日が休日である金曜日の放課後に、誰かの家へ泊まりに行くということには、正直楽しそうで興味があった。

 けれど、私はそれを以前から断り続けている。だって、彼女達の家に泊まりに行くなんてこと、自分に許される行為じゃないから。


「今日は疲れたなぁ……」


 扉を開けて中に入ると、部屋の隅にカバンを置いて、カーペットの上に置かれたクッションに腰掛ける。

 ここは私が所属している文芸部の部室。部と言ってもメンバーは私1人だけで、ほぼ同好会扱いをされている。

 部室が与えられているのは、単に余っているからという理由で、新たに部活が認められれば、取り上げられても文句は言えない。


 けれど、私が――――――――――いや、が本当の自分を出せる場所は、ここしかなかった。


 ボクは制服のボタンを外してシャツを脱ぎ、続いて下着も外すと、中に入れていた大量のパッドがバラバラと床に落ちた。

 それからスカートも脱いで、部屋の角に置いてあるプラスチック製のケースの中から、お気に入りの衣装を取り出し――――――――――。


 ガチャッ。


 扉の開かれる音に、ボクは心臓が止まるかと……いや、多分止まってた。

 誰も来るはずのない部室の中で、着替え中とは言え下着姿でいる所を見られ、おまけにその相手が。


「失礼するわ、金糸雀という人は……って、え?」


 東條とうじょう 紅葉くれは、ボクの知っている人物だったのだから。


「き、きゃぁぁぁぁぁっ!」





「……そろそろ落ち着いた?」

「ま、まあ……」


 ボクは用意してあった男物の服に着替えてから、紅葉先輩に出されたお茶を、いまだに震える手で口元まで運び、一口すすった。なかなか美味しい。


「どうして私じゃなくてあなたの方が叫ぶのよ。こんな所で着替えるなら、気をつけなさい」

「し、仕方ないじゃないですか。誰かが来るなんて思わなかったんですから……」


 鍵をかけ忘れた自分も悪いけれど、ノックでもされていれば、対処のしようはあった。

 何より、ボクの秘密がバレてしまったことへのショックが強すぎて……。


「まさか、黒木 金糸雀が本当は男だったなんて……私の方こそ、夢にも思わなかったわよ」


 そう、男なのに女装して学校に通っていることがバレてしまったのだ。身につけているものがパンツ1枚の状況なら、体の凹凸の少なさで明らかだった。

 頭はウィッグではなくて地毛だから、顔だけ見れば分からないらしかったけれど、紅葉先輩の視線的には下腹部を見た時点で確信したようだ。


「でも、プロフィールにも女って書いてあったわよね?」

「それは、事情を聞いた学園長が、その方が過ごしやすいだろうって……」

「……その言い草だと、単に女装が趣味ってわけじゃないのね」

「当たり前ですよ、誰もしたくてしてるわけないじゃないですか!」


 ボクがバンッと机を叩くと、先輩はその腕を掴んでグイッと引き寄せた。か、顔が……近い……。


「あなた、男の姿だとちゃんと敬語が使えるのね」

「え、ま、まあ……いつものはキャラっていうか、女としての自分ですから……」

「ふふっ、私は今のあなたの方が好きよ?後輩らしくて可愛いじゃない」

「っ……」


 全身が熱い。この前はあまり見ていなかったけれど、紅葉先輩ってこんなに美人だったのか。噂に聞いていたよりも積極的で魅力的な人だ……。


「先輩、随分と受け入れるのが早いですね……」

「あなたの驚きっぷりを見たら、逆に冷静になっちゃったのよ。内心はまだ動揺してるわ」

「な、なんというか、ごめんなさい……」

「事情があることなら仕方ないわよ。でも、男だったとなると、この前話していたことは全部嘘になるのよね?瑛斗の元カノってことも、アドバイスできるって話も」


 ……やっぱりその話になるのか。いつ切り出されるかと警戒していたけれど、落ち着いてきた今なら冷静に答えられる。

 ボクは空になった湯呑みを机の真ん中の方へ寄せ、伸ばしていた足を曲げて正座すると、膝の上に手を置く。そして。


「嘘じゃないです、全部」


 ゆっくりと首を横に振った。

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