第69話

「―――――元恋人、って言ったら分かるかな?」


 その一言と、微かにドヤ感を滲ませたその表情だけで、紅葉くれはは膝から崩れ落ち、麗子れいこは胸を押えながら言葉を失った。

 1年生のうちからS級であるだけでも、十二分に強敵だと警戒はしていたものの、瑛斗えいと関係についてはあの妹ほどじゃないと、心のどこかで油断していたのだ。


「こ、告白はどっちから……?」

「それはもちろん先輩ですよ〜♪」

「か、格が違う……」


 あの瑛斗に告白させるなんてこと、常人にできることではない。それは、紅葉も麗子も身に染みて理解している。だから、あまりの格差に項垂れた。

 しかし、黒木くろき 金糸雀かなりあは確かに言った。『恋人』と。

 それはつまり、今はもう違うということになる。恋人が別れるのは、お互い、もしくは一方が相手に嫌気が差したときだろう。

 普通、振った側が振られた側に世話を焼いたりするだろうか。それに対する答えは、恋愛経験皆無の紅葉にでも分かった。

 状況証拠を元に考えれば、振ったのは自ずと瑛斗の方だと断定できる。だとすれば、元恋人と言えど恐るるに足りないと思えた。

 だって、瑛斗がそれ以上は付き合えないと思ったから振ったのだ。その相手ともう一度付き合うという方が、新しい相手と付き合うよりもレベルが高い行為であることは、火を見るより明らかなのだから。


 ……しかし、今更『元カノ』なる者がどうして瑛斗に世話を焼いているのだろうか。それが紅葉と麗子の中に生まれた疑問だった。

 瑛斗とヨリを戻したいから?そう考えれば、自分たちにまで意図的に接触してきた理由も説明がつく。彼の周りにいる異性を排除しておきたかったのだろう。

 ただ、そんなことをしても、『元カノ』という肩書きを聞いた以上は、やはり恐るるに足りない。たとえ彼女がどんなことをしてきたとしても、自分たちが怯むことは――――――――――。


「あ、心配してるのかもしれないけど、私はもう瑛斗先輩のことを何とも思ってないよ〜?」


 ―――――ない、とまで心の中で言い終える前に、紅葉は思わず「えっ?」という声を漏らして首を傾げる。


「あれだけアピールしてたのに、なんとも思ってないは無理があるんじゃない?」

「お世話の話?あれは前によくやってたことの名残だよ?あと、私が世話をするのが好きだからかな」

「……信用に値しないですね」


 麗子が小さくため息をついて、金糸雀に背中を向けた。こんな話は聞くだけ無駄ということだろう。

 それを見た紅葉は一瞬躊躇ったが、すぐに彼女の後を追って扉へ近づく。

 だが、金糸雀の言葉でドアノブを捻っていた手がだらんとおろされた。


「『元カノ』の私なら、ゲームに勝つためのアドバイスができると思うんだよね〜♪」

「…………」

「っ……アド、バイス?」


 2人が振り返ったのを見て、金糸雀は口元をニヤリと歪ませた。大物がかかった釣り師のような表情だ。


「私は2人にも同じように失恋して欲しくない。だから、そのためにこうして話せる場を作ってるんだよ?」

「……それもあなたにとって、お世話の一環ってことなの?」

「自分と同じ方向に向かってる人を見てると、ほっとけないからね♪」


 金糸雀の言葉に、紅葉と麗子は顔を見合せた。

 笑顔からは嘘偽りは読み取れないし、話していることの矛盾も特にない。何より、ステータスが彼女の性格を裏付けている以上、本当に世話焼きなだけということも十分あり得る。


「本当に信じていいんですかね?」

「わからないわ。でも、私たちにはもう、瑛斗を落とす武器がない。彼女の力を借りない限りは」

「……では、一旦乗っておきますか」

「ええ、怪しければすぐに逃げればいいわ」


 紅葉と麗子は小声で話し合い、お互いに頷き合うと、金糸雀の方へ向き直った。


「とりあえず、あなたの力を借りさせてもらうわ」

「正しい判断だと思うよ♪」

「でも、あなたもS級ですからね。不振な動きを見せた場合、私たち共通の敵になるということをお忘れなく」

「ふふ、先輩達は怖そうだもんね。肝に銘じておこっかなぁ〜♪」


 こうして、紅葉と麗子は新たな助力(?)を得ることになったのだった。

 二人の去った後の倉庫にひとり残る金糸雀は、重ねられたマットに腰掛け、金髪の先をクルクルと弄りながら楽しそうにケタケタと笑う。


「正しい判断だと思うよ、本当に……ね」

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